朝鮮戦争/祖国解放戦争

ミジェスンニャンィノム(米帝獣野郎)たちをやっつけられた戦争の時でした。ある日、キム・チャンゴルおじさんの小隊は米帝野郎たちが占領している高地を奪うようにという命令を受けました。
小隊が高地の中ごろに着いた頃でした。〈ダダダー〉突然、米帝野郎たちが機関銃をあたりかまわう撃ち出しました。キム・チャンゴルオジサンは素早く這いつくばって行き、手榴弾を思いっきり投げました。しかし、敵どもの銃撃はますます激しくなりました。
米帝野郎の機関銃をぶっ壊さない限り、一歩も進むことができませんでした。(このわが身がぶっ倒れても偉大な首領金日成様の命令を、必ず実践しなければならない!)キム・チャンゴルおじさんは矢のように走っていき、敵どもの銃口を胸で塞ぎました。
〈偉大な首領、金日成将軍万歳〉。おじさんの力強い叫びとともに、米帝野郎の機関銃はパッと止んでしまいました。人民軍隊のおじさんたちは、万歳を叫び高地に駆け上がっていきました。高地の上にはオガクピョル(五角星)が輝く共和国の国旗がヒラヒラはためきました。(宮塚利雄『北朝鮮 驚愕の教科書』)

朝鮮戦争/祖国解放戦争時に米軍による「信川虐殺」が起きた。以下は沙里院の信川博物館に展示されている写真や遺品についての描写。

数百人の母親、子供たちが信川にある倉庫に入れられ、ガソリンをかけて焼き殺された。米軍は地下防空壕と二つの倉庫に子供百二人、母親四百人を別々に入れ、ガソリンをかけて虐殺した。殺された子供と母親の墓は小高い丘の中腹にあった。石の階段を上っていったところにあるまんじゅう型のふたつの墓がそれだった。左側の墓に四百人の母親たちが、右側の墓に百二人の子供たちがいまも向かい合って眠っていた。(金元祚『凍土の共和国』)