軍人とエリート

元朝鮮人民軍の軍人で脱北者のチュ・ソンイルは、家族全員が軍人のエリート家庭出身である。ソンイルは自身の家族について次のように語っている。

母も将校で、姉も人民軍に勤務していた。我が家は北朝鮮でいうところの「軍人家庭」「銃隊家庭」だった。特権層に属するわが家は、代々パルチザン闘争とも縁が深かったと伝えられている。
祖父は金日成とともに日帝(日本帝国主義)と戦い、朝鮮戦争でも英雄的な活躍をしたことになっている。もっとも本当のところはわからない。父はベトナムで社会主義のために米帝(アメリカ帝国主義)と戦った名パイロットだ。その父親がただの百姓では格好がつかないので、軍の誰かがこしらえさせた話かもしれない。今となっては確かめようももない。
良いものは何でも金日成、金正日に結びつける。そのためには平気で嘘がまかり通るのが北朝鮮だった。ともあれ、我が家は北朝鮮最高のエリート家系である。母と姉は父を守るためにも、家の外ではとりわけ自分が金父子に忠誠を誓っていることを強調した。
とくに姉のソニは、学校の集会で率先して金父子を称揚するスローガンを叫んだ。また、北朝鮮では金父子の「革命歴史」を学ぶ科目がもっとも重視されるが、姉はこの科目に全力を注ぎ、試験ではいつも満点をとった。こうしたことを評価され、学校から表彰されたこともあった。(チュ・ソンイル『北朝鮮人民軍 生き地獄の兵営』)

ソンイルによれば、特権階級の子息は最前線にいる「民警部隊」に配置されるのだという。

民警部隊の要員は誰でも、北朝鮮におけるエリートであり、彼らの親たちは「土台」と家庭や学校の環境、経歴に至るまで完璧でなければならない。その理由は二つある。
まず一つは、最前線でこのような「党の子供たち」が銃を手に立っていれば、親たちも戦時には祖国をしっかり守り、平時もそのために命を惜しまないだろうという期待だ。
二つ目は、すべてが厳格な統制下にある状況に加え、このような家庭の子弟なら、韓国を目の前にしても脱北することはないだろうという計算によるものだ。
もっとも訓練と軍務がきついのが最前線であり、気持ちよく我が子を送りだせる親はいなかった。こういう事情を察知していた金正日は、「党の幹部や祖国に献身しようとする者は、誰でも子供たちを最前線に送らなければならない」という指示を下した。
この指示が出ると、誰もが先を争って送るようになったため、今では幹部の子だからといって前線へ送るのを免れるわけにはいかなくなったのである。また、民警に勤務した実績が確認されれば、除隊後は望む大学や良い職場に優先的に行くことができるという恩恵もあった。
そのうえ、子供や親せきに民警に軍勤務した経験者がいれば、当事者が何らの理由で教化所へ行くことになっても一度は目を瞑ってくれるという配慮があったため、最近では多くの者が行きたがるようになった。(同書)