除隊

北朝鮮では除隊する方法は2つある。1つには兵役期間を全うし、除隊命令を受けること。もう1つは自傷行為によって不名誉除隊になることである。

一九九〇年十月、私は除隊命令を受けた。十年間に及んだ長い重労働の生活に、ようやく幕が下りたのだ。(中略)私は区域行政委員会に行って、除隊申告をした。北朝鮮では除隊申告することで、その区域行政委員会から、勤め先を斡旋してもらえるのだ。(趙英鎬『にんじんどろぼう』)
仲間の中には軍隊生活に嫌気がさして、自分の足を銃で撃ったり、指を切ったりする人もいた。除隊できるからだが、不名誉除隊で成分も悪くなるし、出世の道も閉ざされる。
そういう人とが二千五百人の連隊のうち、六人ぐらいいた。(朝日新聞アエラ編集部『北朝鮮からの亡命者』)

北朝鮮では除隊後、どのような待遇を受けるのか。除隊後は、自分が望む大学に入学できると約束されている者もいるようである。例えば、以下のやりとり。

「お前、いま何歳だ」
あれほど飲んだのに、教官の舌は全くもつれていなかった。
「16歳です」
「16歳? 甥っ子は、お前より年上だよ。なぜそんなに早く軍隊に来たんだ?」
「幼稚園に通わず、学校に入学しました」
長々と説明したくなかった。
「そうか。16歳ならあと14年間、勤務しなければならないところだ。でもお前には能力もある。いい軍人になると言いたいところだが、あと何年かしたら労働党に入党して抜けるだろうな。そしたら、お前どの大学に行くんだ? 金大(金日成総合大学)、それとも金星政治大学か? 私のような無学な者が、非武装地帯を最後まで守って死ぬのさ。そうして出世するヤツは生き延びるってわけだ」(チュ・ソンイル『北朝鮮人民軍 生き地獄の兵営』)

大学入学だけでなく、軍務を無事終了した暁には保衛部(秘密警察)と安全部(警察)への優先就職もあるという。

非武装地帯の多くの兵士が祖国を疑ったという罪で逮捕される。これに対して、軍務を無事満了して家に帰る兵士には保衛部と安全部への「優先就職」が待っている。階級の第一線において、敵と正面から向かい合った共産主義者は、一般社会でも革命の首脳部を保衛せよというのだ。十三年間、非武装地帯において韓国と資本主義に誘惑されなかった、真の共産主義の証なのである。(同書)

以下の証言によれば、実際には自分の望む進路には進めない者の方が多いようだ。

下士官の願いは2つある。早く除隊すること、家に帰って結婚して女を抱くことである。しかし下士官の願いも夢のまた夢だ。十三年間、軍に勤務して除隊しても、家に帰ることはできない。党はさらに農村や炭鉱のようなところへ除隊兵士を集団で送り込むからだ。
私が被覆倉庫長をしている間にこんなことがあった。金正日が、13年の勤務を終えた除隊兵士全員を平壌紡織工場に集団で配置させるよう命じた。軍隊勤務を全うしたとはいえ、この命令に従わなければ人生は終わりを告げる。
ことの始まりはこうだ。そもそも北朝鮮の人口は女性のほうが多いため、結婚できない女性がたくさんいる。反対に男たちは誰もが軍に入隊し、13年の勤務を終えると30歳を超える。女たちはそんな年齢の男の嫁になりたがらない。入党した兵士は年取った女たちには目もくれず若い女を探す。こんな風なので、なかなか縁談がまとまらなかった
平壌紡織工場も事情は同じだった。60歳の未婚女性をはじめ、最初から結婚を諦めたような女たちがいくらでもいた。平壌紡織工場の支配人は北朝鮮ではよく知られた朝鮮戦争の英雄だった。彼は結婚しない男女があまりにも多いことを心配し、思い余って金正日最高司令官に陳情書を書いた。
金正日最高司令官竹を割ったような性格だ。結果を考えずに、即座に身勝手な号令を下した。除隊兵士を平壌紡織工場の女たちと見合い結婚させると言うのだ。恩恵として家を与えるという。ありがた迷惑とはまさにこのことだった。これでは泣きながらこの帰りを待つ親を故郷に残したままで、死ぬまでいわば第二の軍隊勤務をさせられるも同然ではないか。除隊兵士の気持ちはいかばかりであろうか。なかには軍に勤務中に出会った女との甘い結婚生活を夢見ていた者もいただろう。しかし、軍にいる間は恋愛はご法度が建前だった。恋人と別れてでも最高司令官が決めた相手と結婚しなければならない。それが北朝鮮社会なのだ。
除隊兵士らは紡織工場で修理工や運転手などの仕事を割り当てられると、お見合いが始まった。お見合いといっても、一方のホールに除隊兵士たち、別のホールに女たちを待たせておき、ホールを出て初めて会った相手と結婚せよという取り決めだ。事前に写真を見ることも許されない。相手について何も知らない。並んで待っていたら自分の順番が来る。それで初めてあった女が配偶者という具合である。(同書)

昇進を求めて除隊が遅れると、低い待遇に甘んじなければならない。

将校時代に金と権力があっても、軍服を脱いでしまえば乞食も同然だ。北朝鮮軍では「自動車の後部座席に座れなくなったら、できるだけ早く軍服を脱げ」ということわざがある。
むやみに昇進を求めるあまり、軍服を脱ぐのが遅れて後悔するなという意味。だからといって、ただ命令に服従し、軍のことしか知らない中年男を受け入れてくれるところはどこにもない。除隊時には工場の資材管理人や企業の倉庫長の職を与えられる。しかし、食料を買うために機械を売り払い、労働者が自分で商売をするために退職して空っぽになった工場で、彼らの待遇は警備員にも劣る。(同書)