移動許可証/通行証

公共交通機関を住民は自由に利用できるわけではない。通勤や買い物など日常の行為以外の長距離の旅行は制限を受ける。たとえば四〇キロメートル以上離れた地域に移動する場合は、人民保安署(日本の警察にあたる)から旅行証明書の発給を受けなければならない。(石坂浩一『北朝鮮を知るための51章』)

朝鮮文化研究者の石坂浩一が説明するように、北朝鮮の人々は自由に移動することができない。居住地域から離れる場合、移動許可証ないし通行証と呼ばれる証明書を警察に発行してもらう必要がある。しかし、移動許可証/通行証の申請をすれば無条件で発行されるというわけではない。以下の引用からも分かる通り、移動先に親戚がいるなどの条件がないと申請が下りないという。

茂山郡の安全部から、茂山に親せきが住んでいるので行ってよいという承認が下りた。私はその連絡を受け、安全に部に行って茂山行き通行証を発給してもらった。四角い通行証の左側の下には「耀徳郡社会安全二部」という判が押してあり、左側の上には承認番号が押してあった。また対角線に青い線が引いてあった。
あとでわかったことだが、国境地帯へ行く通行証には青い線、平壌へ行く通行証には赤い線が引いてあるということであった。「これを失くしたら無断旅行ということになって大変だぞ。特に用心しなさい」安全二部課長は恩着せがましく言いながら通行証をくれた。(姜哲煥、安赫『北朝鮮脱出』)
平壌は特別市なので、自由に通行証をもらったり、入ったりすることができなかった。ちょうど叔母の夫が第二経済委員会技術指導員として勤めていたので、美湖と私は平壌への通行証を発給してもらうことができた。(同書)

しかし、外国に関しては別である。外国に親戚がいたとしても、ある程度の年齢に達しないと旅券が発行されない。

北朝鮮では、たとえ外国に親戚が住んでいたとしても、四十歳~五十歳になるまで旅券を持つことは難しい。とくに大学生の場合は極めて困難だ。当局が、若者が外国に行くと思想が変わる危険があるし、外国の現実を見て正しい判断ができるようになると反体制者になる危険が大きいと考えているからだ。(安哲兄弟『秘密カメラが覗いた北朝鮮』)

脱北者のパク・ヨンミが証言しているように、移動許可証の発行には事前に医師に賄賂を払って偽の診断書を書いてもらい、さらに警察に賄賂を払う必要もあるという。

北朝鮮では移動が厳しく制限されていて、住んでいる町の外へ行くにはたくさんの書類が必要になる。父はまず、勤めている工場を休む許可をもらわなくてはならない。
医者に賄賂を払って、病気だという診断書を書いてもらい、それを上司のところへ持って行って、治療のため数日町を離れる必要があると言う。
すると上司がその証明書を出してくれる。次に、警察へ行ってまた賄賂を払い、移動許可証を発行してもらう(パク・ヨンミ『生きるための選択』)

90年代以降に北朝鮮で飢饉が起きると、移動制限が事実上なくなったそうだ。

大飢饉で旅行許可制度が崩壊し、数百万の人々が食料を求めて国中を移動するようになった。政府それに見てみぬふりをした。一九九七年ごろから平壌と特定の機密がかかわる地域を除いて、事実上の許可なく移動することができるようになった。
当局は二〇〇〇年代中頃から、人々や物品の国内移動の規制強化に乗り出した。列車、バス、トラックの荷物の検査が頻繁に行われるようになった。(アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮』)
食料買い出しや旅行する人々の間では、煙草を「切符」と言い換えることが多い。煙草を持って自動車に乗るなど、九〇年以前にはなかったことだ。ところが、国家の配給が止まってからは、買い出し客の急増で旅行証の発給や汽車の切符の入手がとても困難になった。
そこで、その手間をかける代わりに、貨物自動車に同乗させてもらうのが便利だということになり全国的にこのやり方が広まった。(安哲兄弟、前掲書)