自転車

北朝鮮で自転車に乗るためには免許を取得せねばならない。

北朝鮮では、自転車は登録プレートを表示しなくてはならない。自転車に乗る者は警察の試験を通って、免許を取らなくてはならない。ナンバープレートは小さくて丸く、登録証が発行された地区の名前が書かれている。赤い背景に白色でナンバーが印刷されている。登録プレートは自転車の前輪の上に取り付けられている。「乗車免許」制度は最初、一九九七年に平壌で導入された。一九九九年からナンバープレートと免許制度は全国で義務化された。しかし、これは地方では時に無視されているようだ。免許を得るためには、北朝鮮の人たちは試験で交通規則の知識を示さなくてはならない。けれどもまたも、無免許で乗っている人の数は増えている。近年、地方の多くの自転車は必要とされる免許プレとをつけていない。(アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮』)

女性が自転車に乗ることを禁止されたこともあったようだ。

一九九六年、自転車は女性には適切でないと決められた。北朝鮮の報道機関は、「美しい民族習慣」はそのような堕落を許さないと説明した。この判断は金正日によるものと言われる。
十年前であったなら、そのような禁止は一日の通知で実施され、永久に続いたであろう。だが今日では、事態は変化している。最初、警察は禁止を実施するために懸命になった。自転車を没収された女性もいた。しかし、事態は沈静化し、禁止を無視する女性も出始めた。テレビと活字メディアは時々、そのような行儀の悪い、淑女らしからぬ振る舞いは「革命の都市」平壌の女性市民に似つかわしくないと説明した。地方では自転車に代わるものがほとんどないため、禁止はまともに取り上げられなかった。(同書)

北朝鮮では自転車がステータスシンボルであり、日本製が最も高価である。

普通の北朝鮮の人々にとって、自転車は恐らく、家財の中で最も高価なものだ。従って、大いなる誇りの源であり、現代の西側(あるいは韓国)における車のようなものだ。便利なものというだけでなく、ステータスシンボルでもある。どの家庭でも買える訳ではない。現在の推計によると、北朝鮮の家庭の三分の一から半分は自転車を持っていない。必要ないからではなく、一番安い自転車でも手が届かないのだ。こうして北朝鮮の冗談、「妻は貸せるが、自転車は貸せない」は人々の感覚をよく表している。(同書)
本当のステータスシンボルは日本製の自転車で、普通の労働者の約半年分の年収に当たる。これは特権を持った少数の者しか買えず、北朝鮮ではジャガーやポルシェに相当することを意味する。そうした自転車のほとんどは、日本からの中古品としてやってくるが、国産よりもずっと優れているとみなされている。
国産の自転車で最も人気のあるブランドはカルマエギ(カモメ)と呼ばれるもの。これは同国の北部の清津近くにある、大規模な収容所の囚人によって製造されていると見られている。一九九〇年代にその自転車は約一万ウォン、つまり平均年収の十倍近くした。二〇〇二年の賃金と価格の改革で、現在では価格は急上昇している。しかし、平均年収に対する比率はほとんど同じだ。チェービー(ツバメ)などの最も安い国産があり、本物のカルマエギの価格の約三割から四割であるが、信頼性がなく、不格好とみなされている。もっと評判が悪いのは中国製の自転車で、北では非常に普及している。(同書)
一般人民はたいてい「燕」「青年」「明砂十里」という名の自転車に乗っていた。それに対して、党幹部や外貨を稼ぐ者、安全員などの権力層の人間は「鷗」マークの自転車に乗っていた。さらに金をしこたま持っている人間は、日本製自転車を買い求めた。その他、「ユクエンジ」「パルエンジ」といった中国製自転車もあり、やはり高級品だったが、日本製自転車にはかなわなかった、(趙英鎬『にんじんどろぼう』)
「鷗」は「燕」「青年」「明砂十里」より三倍も高い。二百六十ウォンもするのだ。「鷗」は頑丈で荷台にもたくさん積めるし、滅多に故障がない。工業品商店にそれが入荷されるやいなや、党幹部や北送キョポ、外貨稼ぎの商人たちは、先を争って買い占めてしまう。買った自転車を闇市場で十倍以上のプレミアムをつけて転売する。(同書)