物価

北朝鮮では給料だけで生活できる人はいない。二〇〇二年当時の労働者の平均月給は二千四百ウォンで、非公式の為替レートで約二ドル程度だった。安い穀物を五キロも買えないような額で、しかも物価は上がり続けていた。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)
市場価格は国営商店での同じものの価格の数倍した。国営商店では、そうしたものは仮にあったとしても配給権がないと買えない。
米の公定価格はずっと一キログラム〇・〇八ウォンであった。一方、市場では二〇〇二年前半に四〇ウォンから五〇ウォンで売られていた。(アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮』)
北朝鮮では野菜はすべて高価なものだが、中でも唐辛子は高かった。貴重だと言われるレタスが一玉二十ウォンなのに対して唐辛子粉一キロあたり千五百ウォンもした。(チュ・ソンイル『北朝鮮人民軍 生き地獄の兵営』)
烏賊は非常に珍しいもので、一杯三十ウォン以上もする。ともかく闇で売れば、ほぼ一袋六千ウォン。(趙英鎬『にんじんどろぼう』)
「茂山もねえ、昔は本当に暮らしにくかったのよ。私たち初めて来た時は本当に片田舎だったの。それが最近、中国の解放の風が吹き荒れて、ここもその影響を受けてずうっと良くなったの。なんたって、中国の品物がいっぱい入ってくるから暮らしがよくなったわ。五ウォン出せば、さっき食べた月餅と言う中国の菓子を一個買える。また五十ウォン出せば中国の砂糖が一キロ買えるんだよ。(姜哲煥、安赫『北朝鮮脱出』)
吸っている煙草は、とんとんと叩くと三分の二ぐらい下がっちゃうくらいスカスカ。それが一ウォン五十チョンとか一ウォンとかになっている。(張明秀『裏切られた楽土』)
十二ウォンもする不体裁なネクタイや、十八ウォンもする化繊の子供用ワイシャツだけは売ってくれるとのことだったが、この国の月平均賃金が九十ウォン、そこからなにかと控除されて手取りは五十~六十ウォンだから、高い買い物である。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)
市場の価格は一九九〇年代中頃の食糧危機以前からべらぼうに高かった。一九八五年に豚肉は一キログラム約二十ウォン、当時の平均月収の約三分の一に相当した。
鶏は約四十ウォン。一九八〇年代前半から、市場は密輸された外国製品の主な取引所だった。時には、政府の工場から盗まれた品物の取引所にもなった。一九八〇年代、平均的な市場の小売業者の約三分の二は消費物資を売っていた。衣類、輸入された薬品、たばこなどである。(ランコフ、前掲書)