工場

ジャーナリストのデミックによれば、北朝鮮では工場の煙突を見えることで経済活動を把握することができるという。

清津の臨海地区にある巨大な工場群の煙突を観察していると経済活動が正確に把握できる。たいがいの日には、そのうちの数本だけが炉の煙を吐き出している。
とぎれとぎれの煙は数えることすら可能だ。ひと吐き、ふた吐き、多くても三つの煙雲がいいところで、町の脈拍が衰弱してゆくさまを見て取れる。
ほとんどの工場の正門は鎖と南京錠でグルグル巻きにされて閉ざされていた。
もちろん、工場内の設備を分解して盗み出した泥棒が、南京錠をくすねていなかった場合だが。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』)

北朝鮮の工場の七割以上は軍需工場であるという。

姜成山総理から「北朝鮮に百の工場があるとすれば、そのなかの七十七が軍需工場だ」という話を聞いたことがある。
八十九年二月に、江西九十三号工場を訪れたことがある。この工場は、スカッド・ミサイルとノドン一号ミサイルを生産している。南浦市に隣接しているこの工場は山の中にあったが、谷間という谷間はことごとく工場で埋め尽くされていた。また、北朝鮮の地下工場は、南で考えているようなちゃちな地下室ではない。地下室というよりはむしろ地下宮殿といったほうがいい。工場の中でサッカーやバレーをできるほどの広さである。(康明道『北朝鮮の最高機密』)

北朝鮮の工場について、平壌駐在員であったジェービンが取材を行っている。

咸興市にある龍城重機械総合工場で部(省)の主幹工場を取材した。頻繁に訪れる代表団や見学者用に、あるいは「偉大なる首領様」や「親愛なる指導者」の来訪時に特設された大きな建物に入った。高価な大理石に覆われたホールにも入り口正面の壁にも、白馬と黒馬に颯爽とまたがり轡を並べた金日成と、金正日の大きな肖像画がかかっている。この国の公式宣伝が「朝鮮革命の聖山」と呼ぶ、白頭山の頂上にある旧火口の端に立つ金日成父子の馬上の勇姿である。
障害課長によれば、金日成は工場の作業を現場で二十二回指導し、約千五百の指示を与え、金正日は六階の現場指導と百の指示を与えたという。一九八九年八月、金日成は工場を視察し、工場の規模とその国民経済における製品の重要性にかんがみ、この工場を部(省)に昇格させたと言うが、従業員八千人、ショップ(部門)数三十、生産に従事する班が四百。
工場は一九三八年の日本占領時代に建設されたもので、当時は設備の修理工場だったそうである。
部の今後の主な課題は、順川のビナロン(スフ)工場や沙里院市のカリ肥料連合所、近代化が進行中の徳川自動車工場、茂山鉱山など、建設中の最大の工場に設備を供給することである。
この部の主幹工場へは炭塵に黒ずんだ道を車で向かったが、この国の多くの工場地帯は歩道も車道も厚い炭塵に覆われている。龍城の住宅もこの国の多くの「大工業団地」同様、工場に直接隣接しており、低い塀に隔てられているだけで、グリーンベルトなど皆無である。
西ドイツ、オーストリアなど、西側諸国の金大設備も所々に観られたが、照明は悪く、暖房もきいていない。労働者は着古した軍服みたいな服装で、疲れているように見えた。
素人にも設備が常時稼働していないことが一目でわかった。
この工場の新入従業員の賃金は月額六十ないし七十ウォン。高等中学校の卒業生は工場の学校で二年間、実習生として専門教育を受ける。
ノルマが超過達成されると労働者には報奨が支払われ、班やショップ(部門)間で行われる社会主義的競争の勝者には民生品の商品が出る。労働規律に違反しても解雇されることはなく、職業同盟、婦人団体、青年団体など、社会団体の協力を得て、教育される。党員の処罰について言えば、党集会での票決権が奪われる。換言すれば、いわゆる社会・政治活動の可能性が奪われる。報奨金が支払われないなど、物的制裁が加えられる。
部の工場企業所では、年間平均約二十件の大きな災害や人身事故が発生しており、その結果として集団労災が記録されている。病気や生産現場での傷害事故で一時的に就労が不能になった場合は、賃金の六十パーセントが支払われる。
渉外課長は労働者の生活について、住宅問題が一番深刻だと述べている。北朝鮮では国家が独占する住宅に、入居の順番を待っている労働者の家族が、この工場だけで二百世帯ある。
入居の優先順位はまず熟練労働者、つぎが模範的生産労働者、最後が住宅困窮家族となっている。
中央政府はこの工場を重視しており、主要部門の労働者を、この国のいたるところで行われている田植えやトウモロコシの借り入れに協力させることはやっていない。また工場では、従業員の食糧を正常に確保するために、百五十町歩(チョンボ)の土地が与えられているが、そのうち百二十町歩は野菜畑に、三十町歩が果樹園になっていて、この農園でざっと二百人が働いている。さらに漁船も四隻あり、獲った魚は一日一人当たり二百グラムとされる魚肉の供給を賄っている。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)

しかし、以下の一連の引用からわかるように、実際は資材不足やエネルギー不足、工場の管理体制などが原因で、北朝鮮の工場はまともに機能していないことがわかる。

工場従業員たちが頻繁に機械や付属品を剥ぎ取って盗んでは市場で売り払い、金や食料に換えてしまうので、毎日のように機械を修理しなければならない。有色金属、稀金属、ベアリング類、工具類、測定機器、計量計測器、自動化部品等をやたらに盗んでは生活費に換える。(韓元彩『脱北者』)
北でもテレビを作ってはいる。主に平壌市大同江区域にある大同江テレビジョン工場と、第二経済(軍需工場)の一部でテレビを生産している。商標は「平壌」と「大同江」である。
だが、北ではブラウン管さえも自前では作れない。部品の八十パーセントをルーマニアと日本から輸入して組み立てているにすぎない。私はかつて行ってみたことのある平壌愛国編物工場の作業風景を思い出した。日本に住んでいる僑胞の団体である朝鮮総連が出資して建てたこの工場は、北では一流の工場に属している。
だが、ソウルに比べると労働者たちの作業態度はまるで遊んでいるようだった。仕事中であるにもかかわらず、三々五々たむろしてはだべったりして時間をつぶしていた。作業班長も見て見ぬふりをする。資材がないのである。
金日成はことあるごとに「労働者たちのために、工場は宮殿のように、工場周辺は公園のように美しく作らねばならなぬ」と強調したものである。平壌の普通江の岬に建てられた万景台工作機械工場は、北では第一級の工場に属しているというので、見学に行った。一歩足を踏み入れた途端、思わず目を覆いたくなった。
まず、工場の床は真っ黒な廃油と鉄くずが散乱していて、足の踏み場すらなかった。この工場では、当然のことながら鉄をたくさん削るので、金属加工で出る鉄ののこ屑と廃油が大量に出る。これらをそのまま床に捨てる。おまけに換気装置ができていないので、工場に足を一歩踏み入れた途端、むっとする悪臭と目がひりひりしてとてもじゃないが十分もいられない状態だった。
また南の勤労者たちは清潔な作業服を着ているが、北の労働者たちは汚れたままの作業服を選択もせずにいつまでも着ている。(康明道、前掲書)
平壌の中心からやや離れている万景台区域の鳳水(ボンス)洞にある万景台工作機械工場で働いている労働者は千五百人ほどである。もともと金属加工が主業務である民需用の工場だが、生産されているのは武器の発射管(一種の榴弾発射機)だけである。全体の労働者の中で、仕事をやっている者は、発射管製造ラインの五百人だけである。
あとのものはなにもしないでぶらぶらしている。退屈すると、鍵を削ったり、玩具のようなものを作ったりしている。なぜ仕事しないのかと尋ねると、やることがないからやりたくてもやれないと吐き出すように言っていた。このような現象は、不合理な工場管理体制からきている。この工場を管理しているのは、支配人(工場長)と初級党幹部の二人である。
この二人のうち真の実力者は党の幹部である。支配人は党幹部の顔色ばかりうかがっている。ところが、この初級党幹部に対する上部の評価は、軍需物資の生産量を基準にしている。だから、この工場で本来生産しなければならない旋盤やミーリングなどの工作機器の生産はどうしてもあとまわしになり、発射管だけを熱心に作っているのである。
資材部の支配人は一日も休まずに資材購入のために走り回らなければならない。この工場はもともと国家計画委員会が樹立した綿密な供給計画に従って、あらゆる機材やオイル、物資などの供給を受けることになっている。だがそれは飽くまでも建前で、この工場の資材部支配人が国家から受け取るのは「降仙(カンソン)製鋼所から資材五百トン、油類三百トンを受け取って、工作機械をいくらか生産せよ」と書かれた一枚の紙きれだけである。工場側は工場労働者に次のような指示を下す。
「すべての労働者は明日までに煙草一箱ずつ提出するべし」労働者たちはしかたなく煙草を提出すると、資材担当者は千五百箱の煙草を積んで降仙製鋼所へ出かける。煙草は賄賂である。
工場に隣接している降仙製鋼所にしても、電力が足りないので資材を円滑に供給することができない。この製鋼所では主に電気炉で古鉄を溶かして鋼材を作る。ところが、電力の供給がしょっちゅう中断されるので、鋼材が決定的に不足している。上部に問題を提起すると、「不平不満ばかり述べないで、創意を発揮して問題を解決せよ」という指針が下りる。
製鋼所ではこの問題を解決するために総合化学研究機関である「二・一六烽火(ボンファ)技術研究所」に依頼した。しばらくして解決策が提示された。
「最初に電気炉を加熱するときは、電気を使わずに瀝青炭と油を混ぜた特殊炭を使え。それから、本格的に電気炉を加熱する段になったら電気を使う。すると電気をかなり節約できる」
そして研究所からご丁寧に研究技師まで派遣して特殊炭の製造工法まで手取り足取り指導してくれた。降仙製鋼所では喜び勇んで新しい工法を試みた。事実、いままでに比べて電気の使用料を三十パーセントも節約できた。ただ、この新しい工法では電気炉を加熱する時間が従来に比べて三倍も余分にかかるのである。(同書)
電気や石炭の供給が途絶えると、工場も閉鎖状態にならざるをえない。清津化学連合企業所は、とてつもなく巨大な企業所である。職員だけでも一万二千人に上る。
この工場が停まって三年目だ。石炭の供給が止まってボイラーが動かすことができないからである。全職員に休暇令を出して久しい。北朝鮮の全工場でまともに稼働しているのはおそらく三十パーセントにも満たない。(同書)
兄嫁の働いている編み物工場は、大きな被服工場の下に置かれている従業員百名足らずの工場だ。支配人や技師長らと相談して生産品の質や量を決定するといわれているが、実際は工場党の女性責任書記が独裁的な采配をふるっている。中年太りの、時々ヒステリックに女工を怒鳴りつける独身女性党書記のきまぐれに合わせなければならない。帰国同胞の女工は、日本で見たことのあるセーターの色や柄、デザインなどを思い出して、この女性党書記に前向きの建設的な意見を出してはならない。
帰国同胞は共和国の事情に疎いため、特に最初の職場に配置された時には「こうすれば良い。能率的だし、いい製品ができるはずである」などと意見してしまうことがある。すると「あいつは何も知らない帰胞のこせになまいきだ」とみんなからいじめられる。
共和国で「人民の福祉増進」というスローガンの下で行われる衣類の“増産闘争”が提起されると、編み物工場にもそれ相応の目標が下達される。例えば三千着のセーターを生産せよ、といったふうに。ところが、このような目標が下達されても、それに必要な資材――編み機の針や毛糸などが十分に供給されることはない。お上は「自力更生の精神」を発揮し、「かくれた資材を独自に探し出してやれ!」と言う。慣例に従って職場決起集会が開かれ、「目標の百パーセント超過達成」が公式に決議される。女性党書記は、女工たちに家庭用の編み機の針、古い毛糸のセーターなどの供出を命ずる。「供出こそ忠誠の証」などというキャンペーンを展開しながら。それに応じなければ、「資本主義思想残滓の持主」といって
いじめられる。自分の家から大人用ないし子供用の古いセーターやチョッキを供出し、それらをほどいた古い毛糸で新しい規格のセーターを編み上げ、女性党書記を通じて国家に捧げる。
こうして編み物工場は国家から与えられた目標を百パーセント超過達成し、お上から褒められ、女性党書記ら幹部たちも鼻を高くすることができる。(金元祚『凍土の共和国』)