賄賂と仕事

北朝鮮ではあらゆる場面で賄賂が社会的に有力な手段となっている。脱北者の姜哲煥と安赫は、賄賂によってより楽な仕事や余禄の得られる仕事、自分の望む仕事に就けるということを以下のエピーソードで証言している。

叔父は大学卒であることを労働課長に伝え、賄賂を使い、耀徳群行政委員会傘下にある技術準備室の技術指導員として編入された。父は身体があまりにも衰弱し胃が悪くなっていたので、病院鑑定書を書いてもらい、食料三百グラムをもらえる軽労働部に入った。美湖は折もの工場に配置され、私は牛馬車事業所で働くことになった。牛馬車事業所は、牛車を利用して運送を担当する機関であった。石油不足の北朝鮮では極めて大切な輸送機関の役割を果たしていた。そのうえ「もし戦争が起きたら牛車が有効である。牛車は車の通れない道も通れるからである」という金正日の一言で、その重要性がより認められた。(『北朝鮮脱出』)
ちょうどそのとき、父と母が派遣状とワイロをいっぱい準備してやって来た。
私の話を聞いた母はあたふたと布地三着分、トレーニングシャツ一着、外貨五十円を持って、病院技術部長の副院長を訪ねて行った。また、副院長の妻が精神神経科の課長におさまっていたので、すべてはうまく進んだ。
「ここは山奥なので、医療施設が不完全です。他のものは何とか真似をしてやりくりしていますが、頭にけがをして脳に損傷があると言えば診断する方法がありません。だから精神不具者として送り出せば、自然と炭鉱の仕事ではなく、軽労働対象にまわされるはずですよ」私はこのように支配人、副院長、精神神経科の課長である副院長の妻と示し合わせて、身体検査にのぞんだ。身長と体重を計り、聴診器で胸部診察を終えたのち、血液検査室に入ると前もって賄賂をもらっていた労働課長の妻が笑いながら「もう炭鉱の仕事なんかしなくてもすむようになったから安心なさい」と言いながら、検査もしないで、血液検査と尿検査の欄に不良と書き込んだ。(同書)
「これ、気に入るかどうかわかりませんけれど」
 私は包みの中からとっておきの武器である靴を差し出した。支配人の両方の眼がウソのように大きく開いた。
(中略)
「支配人同志、ここで働いて一年半になりましたから、少しいい地位に置いてください」
「どこへだ」
「物質供給員というのなら、うまくやれそうなんですが」
(中略)
物資供給員というのは、いろんな地方を歩き回って事業所で必要としている品物を要領よく仕入れてくる仕事である。品物がもともと少なく求めづらい山奥では、物資供給員の役目は大変重要なものであった。物資供給員は品物を仕入れかたがた地方に行き来しなければならないから、通行証を発給してもらいやすい。私は物資を求めに、咸興、平壌、南浦、清津、新義州、平山などに出張した。(同書)

「共同農場へ引っ張られない方法があるにはあります。精いっぱい賄賂を使えばいくらでも楽なところに移してくれます。私も初めは農場に配置されたんです。他人の様子を見ると、こそこそとよそへ抜け出ていくんです。調べて見ると、袖の下さえ渡せば、楽なところに移してくれるということがわかりました。私は一日に一回の食事を抜いてひもじさに耐えながら、料券(食糧配給券)を集めました。それを監督に渡すと、どこに行きたいかと聞き返してきました」(『北朝鮮脱出』下 p.17)