職業

北朝鮮では生徒の進路や職業選択権は国家が握っており、良い家柄の子供でない限り本人に選択の自由はない。このことは脱北者パク・ヨンミが自身の母を紹介するエピソードからわかる。

北朝鮮で母のような身分の女性が大学へ進学するのは珍しいことだったが、母はとても優秀だったので、近くの咸興にある大学への入学を認められた。もし選べたなら、母は医者になりたかったが、何を学びたいか希望が言えるのは、家柄のいい学生だけだった。大学側によって母の専攻は無機化学に決められ、母はそれを学んだ。
卒業後は、党の役員により、高原に戻って化学工場で働くよう決められた。母は石鹸や歯磨き粉に入れる香料の原料を作る下級の仕事に回された。
数か月後に別の工場への移動が認められ、ソ連への輸出向けの服を作る工場でより上位の仕事をするようになった。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)

北朝鮮の職業観は西側とは大きく異なる。まずは、北朝鮮ではどのような職業が生徒たちに人気があるのかを見てみよう。

高等中学校を終えると、出身成分のいい家の子弟以外はたいてい就職することになる。女子の場合、最も人気のある就職先はホテルの従業員。外国人がお金を使う場所なので月給も高いうえ、いつもいい服を着ることができるから。それに、上等な食材や備蓄を優先的に割り振ってもらえるので、何かと役得が多い。その次に人気があるのは商店や食堂の従業員。商品を私的に流用して自分の生活に必要なものを交換するのに都合がいいから。そのほか、裁縫師、美容師と言った内職でお金を稼げる仕事も人気があった。人気がないのは工場などの生産職。仕事がきつく、目標を達成しないと賃金を削られるから。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)
北朝鮮の若者の理想は、労働党員になることではない。平壌外国語大学などを卒業して外交官になるか、貿易商社で海外支店の駐在員になることだという。それが無理ならトラックや列車の運転士になることだという。(宮塚利雄『浮浪児と美女軍団 北朝鮮の暮らし』)

元喜び組候補生で脱北者の呂錦朱によれば、女子に人気がある就職先は「外国人がお金を使う場所」であるとのことだが、元喜び組の申英姫も同様の証言をしている。

北朝鮮の女性に一番人気のある職場は外貨商店の店員、外貨食堂などだ。外貨商店に勤めた女性は、結婚生活に必要な嫁入り道具は全部そろえて持って来るという噂もあるほどで、彼女たちは結婚相手としても人気があった。(申英姫『私は金正日の「踊り子」だった』)

また申英姫によれば、文芸出版社の筆者班の職員も女性にとってはいい就職先であるとのことだ。

平壌の文芸出版社で筆写班の職員として働くことになった。これは相当にいい家柄の女性だけがつける職業だった。韓国でいうなら「中産層以上のインテリ女性」の職業といえる。(同書)

北朝鮮ではジャーナリストが身分の高い仕事である。

ジャーナリストは北朝鮮では体制の代弁者と見なされ、大変名誉のある職業である。「労働党の理念を文章に著す者は英雄」と金日成は公言した。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』)
ジャーナリストであるチャンボは一般人よりも多くの情報に接することができた。職場である咸鏡北道放送局で、彼は外国放送局からの未検閲の報道を聞いた。彼らの仕事は、こうした報道から不都合な個所を削除して国内用に作り直すことだった。資本主義国、とりわけ一九八八年にオリンピックを開催した韓国で生じた景気のいい出来事は、なんであれ割り引いた表現に焼き直された。逆に他国で生じたストライキ、災害、暴動、殺人事件についてはたっぷりと報道された。(同書)

呂錦朱によれば、人気のない職業は「工場などの生産職」であるとのことだが、北朝鮮では教員や研究者も人気がないとされている。

北朝鮮の大学では、勉強はしてもしなくても同じことだ。確かに、勉強ができなければ恥だが、勉強ができれば、生活が一番苦しい大学の教員や研究員にさせられるだけだから。(安哲兄弟『秘密カメラが覗いた北朝鮮』)
北朝鮮は、師範大学の卒業生は、教員になることが義務付けられている。しかし、それは建前であり、出身成分が上のクラスの子弟は、人民軍に入隊したり、保衛部、安全部に進むのが一般的だ。つまり軍人や警察になるのがエリートの証であり、教員になるのは下層階級出身者ということになる。事実、北朝鮮では学校の先生は最も人気のない職業のひとつだった。(辺真一『北朝鮮亡命730日ドキュメント』)

北朝鮮の生徒、特に男子生徒は将来軍人になりたいと言わされる。

男子生徒は大きな声でいった。「僕は戦車の操縦士になりたいです」教師は満足げに微笑んで「どうして戦車の操縦士になりたいのかな?」
「憎いヤンキーどもから祖国を守るためです」私たちは中学校の最上級生になり、一人ひとり将来、どんな仕事をしたいかと言わされていた。(イ・ヒョンソ『七つの名前を持つ少女』)

北朝鮮には、おそらく西側にはないであろう奇妙な職業がある。

ソン夫人の夫はコネを使って建設会社の宣伝部に娘の就職口を見つけてやった。仕事の内容は、割り当て量をはるかに超えた仕事をこなす労働単位や、会社が担当している道路の建設が目覚ましい進歩を示していることについて、自画自賛のレポートを書くことだった。その会社には自前の宣伝カーがあった。正確に言うと廃車になった軍用トラックで、車体にはスローガンが書きたててある(「主体思想にもとづいて社会全体を建設しよう」)。建設現場をトラックが通りかかるとオクヒはマイクを握って自分の書いたレポートを読み上げ、会社の業績を音の割れたスピーカーを通してガンガン流すのだった。(デミック、前掲書)