三号庁舎

北朝鮮で対南工作を担当する機関は「三号庁舎」と呼ばれている。これは対南工作を担当する部署が党の三号庁舎にあることから付けられた符丁である。以下は三号庁舎の概要。

朝鮮労働党中央委員会には、対南事業を総括する四つの部署がある。社会文化部、作戦部、調査部、統一戦線事業部である。このなかで調査部は、平壌中心街の蒼光通りの本庁舎のなかにある。ほかの三つの部署は、党の三号庁舎にある。
社会文化部は、南朝鮮を攻略する機関で、スパイの送り込み、および偵察活動を主な業務としている。
調査部は、南朝鮮及び各種の海外情報を収集、処理する調査機関である。
作戦部は、テロとスパイたちの作戦実行の段取りを受け持っている。金賢姫のKAL機爆破とアウンサン廟のテロも、対外情報調査部(現在ではテロを専門に行っている作戦部が対外情報調査部から分離された)が描いたシナリオである。各道ごとに連絡所を持っている。
統一戦線事業部(略称・統戦部)は、日本と、統一戦線事業などを担当している部署である。日本にある朝鮮総聯の組織を有事のときには活用しようというのである。最近は、在米僑胞も包摂し、社会文化部に移管する仕事も兼ねている。注目すべきことは、統戦部が北朝鮮の各種の社会団体を背後で指揮しているということだ。統戦部には十三の課があるが、六課には祖国平和統一委員会(祖平統)、祖国統一民主主義戦線中央委員会、天道教青友党、基督教連盟、仏教徒連盟などを率いている。
マカオ、香港、日本、ドイツなどに派遣されている工作員たちは一度派遣されると何年も帰れない。したがって、彼らの妻たちは、後家同様の生活を強いられる。対南工作部では彼女たちを慰労するために、一年に何度か招待所に招いてお土産をどっさり持たせている。悪質な幹部は、この機に乗じて彼女たちを篭絡する。(康明道『北朝鮮の最高機密』)

三号庁舎の四つの部署のうち、海外情報の収集調査を担当している調査部は核政策も担当しているという。

北朝鮮の核政策は労働党中央委員会の三号庁舎調査部の副部長(次官級)たちが立てている。平壌中心街の蒼光通りに位置しているこの調査部は、海外及び、南朝鮮に関する情報を収集し分析する機関である。一九九二年、党国際部北米課を調査部に編入させた。もともと北米課は国際部所属で、調査部とは性格の異なった別途の機関である。しかし、核問題にかこつけてアメリカとの関係改善を進めようと、北米課を国際部から切り離し、調査部に統併合させた。その結果、もとの国際部を担当していた金容淳が、現在調査部の業務も兼ねている。(同書)

三号庁舎は対外諜報工作のみを行っているわけではなく、資金調達も行っているようだ。

三号庁舎は北朝鮮最大の外貨稼ぎの企業所でもあり、年間八百万ドルから一千万ドルは稼いでいる。北朝鮮の偽造印刷工場は平壌市中(チュン)区域蓮花(ヨナ)洞にある。
電気を流している有刺鉄線を二重に張り巡らせたこのなかには五棟の建物がある。だいたいが四、五階の煉瓦造りだ。そのなかに、また別の警備員が立っている四階建て赤煉瓦の建物がある。勤務している人数はおよそ二千人。
この偽造紙幣工場は三号庁舎所属であり、内部では単に「一○一連絡所」と呼ばれているこの一○一連絡所ではドルだけを刷っているのではない。対南工作に必要な一切の印刷物をここで刷っている。たとえば偽造旅券や住民登録証、運転免許証、対南宣伝用のビラや主体思想関係の冊子。
北朝鮮は七十年代にも偽造紙幣を作ったが、あくまでも工作用の小規模なものだった。その後、八十年代の後半から大量生産体制に切り替えた。その有力な証拠は外交部に設置された「黄金山管理局」である。この部署の目的は外交網を利用して「北朝鮮ドル」を「アメリカ産ドル」に替えることだ。八十七年に設立されたこの部署は、いうなれば国際マネーロンダリング業務を担当する部署である。
まず一○一連絡所でドルを印刷する。ドル印刷に関する北朝鮮の技術はおそらく世界最高。偽造ドルを防ぐためにアメリカで考案した特殊な糸くずや
透かしもちゃんと入れて本物そっくりに作ってしまう。生産されたドルは黄金山(ファングムサン)管理局へ運ばれ、外交官用の外交行嚢に収められる。外交官の免責特権を利用するためだ。行嚢ひとつにおおよそ十万ドルが詰められる。外交官たちはこの鞄を持って香港やマカオ、中東、アフリカなどに出かけて闇ドル商を通じて本物のドルと交換したり、ドイツのマルクなどと交換したりする。また、現地の銀行に口座を開設して、CD(転換社債)や証券、債券などを何度も取引するプロセスを経てロンダリングする。
外交官たちはこの作業を終えると、本物のドルを行嚢に詰めて平壌に持ち帰る。
まだ北朝鮮のロンダリング技術がいまほど洗練されておらず、黄金山管理局も設置されていない八十五年。趙大葉(チョウデヨプ)という北朝鮮の駐北京大使館の貿易参事に平壌から特別訓令が下りた。偽造紙幣五十万ドルをリビアでロンダリングせよ。現地に就いた彼は、トリポリ市の中央に位置するスク(伝統市場)という闇市を訪ねた。
ところが、ドルを替えているところでリビアの秘密警察(ムカラバット)に逮捕された。カダフィーの秘密警察は市場に情報網を蜘蛛の巣のように張り巡らせていた。その情報網のひとつにある東洋人が大量のドルを替えているという情報が入った。外国為替管理法違反で逮捕された趙大葉は監獄にぶち込まれた。そしてリビア外務省は平壌に電報を打った。
「朝鮮国籍の趙大葉という男が、現在、外為法違反で収監されている。ところが彼は不思議なことに、朝鮮政府の外交官パスポートを所持している。どうやら外交官を詐称しているらしい。いずれにせよ、ミスター趙の身元を確認してほしい」(同書)

世界青年学生祭典の際に、三号庁舎の幹部によって教会や寺の献金をネコババする事件が起きている。

一九八九年七月、金正日は党に異例の指示を出した。「教会や寺で献金やお布施をネコババする行為は、党に対する忠誠心が不足している証拠だから、教会の献金を横領した者を徹底して調べろ」という内容だった。有名な「教会献金事件」のことで出した教示である。八十九年六月に開催された世界青年学生祭典のときに起きた事件である。
北はこの祭典に合わせてチルゴル協会と鳳水(ポンス)教会を建てた。北朝鮮でも自由な宗教活動ができるということを世界に示すためだった。「北朝鮮=宗教の自由」というイメージを創出するためのこの事業の推進を受け持ったのは、対南事業を担当している三号庁舎の統一戦線部・第一副部長である康寛柱(カングァンジュ)だった。
康は信者を募集するために統一戦線部傘下の諸団体を動員することにした。これらの団体は党の正体を隠すための隠れ蓑である。たとえば祖国平和統一委員会、祖国統一民主主義戦線中央委員会、朝鮮社会民主党、天道教青友党、仏教徒連盟らがそれである。
康は労働党三十九号室直属の大聖銀行からドルを借り出し、信者たちにそれぞれ百ドルずつ分け与えた。信者たちが礼拝を終えて献金するとき、こぞって百ドルずつ献金させる。すると外国からやってきた人たちも面子があるから、最小限百ドルは出すだろうという計算だった。計画は見事に的中した。だが胸算用した献金の総額があわない。
調べた結果、統一戦線部の宗教団体幹部がかなりの額をネコババしていた。幹部が独り占めしてしまったため、腹を立てた部下が党中央に密告した。(同書)