韓国/南朝鮮

アメリカや日本についてだけでなく、韓国/南朝鮮についても北朝鮮ではプロパガンダ教育が行われる。脱北者のパク・ヨンミは以下のように証言している。

北朝鮮の人々は、外国がいかがわしく穢れた危険な場所だと教えられている。中でも最悪なのが韓国で、そこは憎きアメリカの貧しい植民地であり、肥だめのようなところだとされていた。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)
私は物語が好きだったが、北朝鮮で手に入る本といえば、政府が発行したプロパガンダ本だけだった。怖い話がわりに汚くて忌むべき韓国という場所について読んだ。そこでは家のない浮浪児が裸足で物乞いをしているという話だった。(同書)

北朝鮮では教科書では韓国/南朝鮮について以下のようなことが教えられている。

一年生の国語の教科書「勉強したい」では、南朝鮮では貧しくて月謝金(授業料)も払えず、学校にも行けない子供がいるということを教えているが、これもアメリカ帝国主義者とその走狗どものためであると、紹介している。(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)

北朝鮮の学校の壁には残酷な絵がかけられているという。

学校では、壁のいたるところに韓国の女の子が「私の目を買ってください。病気のお母さんを助けてください」と書いた札を首から下げているような絵がかかっている。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)

外交官など海外に出て行く者には事前に思想教育が行われる。外交官の夫を持つ申英姫は次のように証言している。

海外生活においては、特に韓国の人々との接触に気を付けなさい」と北朝鮮で教育された。韓国の人々と言葉を交わしただけでも、それを他人に見られたら誤解を招いたり、またひどいときは本国に強制召還されることがあった。(申英姫『私は金正日の「踊り子」だった』)

韓国人と交流する際には事前に思想教育が行われる。これについては安赫も同様の証言をしている。

その年の夏、南北芸術人の交換公園と離散家族の訪問があると報道され、彼らが平壌へ来たとき、守るべき行動規制が伝えられたり、また、ソウルへ送る芸術人を選抜することで大騒ぎだった。いよいよ「ソウル大公演」参加芸術人選抜が終わり、彼らに対する思想教育が始まった。二・八文化会館で、彼らを教育するために映画を見せるといって、血の海舞踏団所属の舞踏手の李重吉が招待状をもらってきた。
「ソウルは暮らしにくいんだって。乞食がいっぱいで、空気と水が汚染していて病気になりやすいそうよ」
「米帝の走狗めが、私たちを帰らせてくれなかったらどうしよう?」
「南朝鮮の女の子たちは、アメリカのやつらのように髪を黄色く染めたり、鼻を高くする手術を受けたり、まぶたも刃で切っちゃうんだって」
「みんなアメリカ人めに肌を許したがっているんだって。アメリカ人めがもう四十年も支配しているから、ソウルにはたぶん、混血がうじゃうじゃいるだろう」(姜哲煥、安赫『北朝鮮脱出』)

以下の証言でも同様に韓国人との接触が北朝鮮政府から警戒されていることを示している。

北では、南の製品をもらったら、ことごとく上部に差し出さなければならない。私の知り合いは一九八四年、水害の救援物資を持って南に行ってきた。南では返礼として北の人たちにお土産箱をひとつずつあげた。なかにはラジオやカセット、高級洋服地、時計などがぎっしり詰め込まれていたという。だが、その友人は箱を空けてもみずにそっくり国家保衛部(引用者注:北朝鮮の秘密警察のこと)に提出しなければならなかった。南へ行ってきた連中は、「南のやつらはまったく機転の利かない連中だ」とぶつくさ言っていた。(康明道『北朝鮮の最高機密』)

北朝鮮への「祖国訪問」を行なった金元祚は、訪問中に思想学習を受けさせられたと証言をしている。以下は韓国/南朝鮮に関する学習内容である。

今日の学習テーマは「南朝鮮情勢と総連の組織強化問題」とくにもっとも力を入れて長広舌をふるったのは「米帝侵略軍と傀儡徒党の戦争策動」いわゆる“北進論”についてだった。
「南朝鮮傀儡徒党は、口さえ開ければ滅共だ、勝共だと好戦的な妄言を吐き、戦争準備態勢の完備のために、傀儡軍の武力増強と現代化を促進し、共和国北半部に反対するための軍事的挑発策動を強化している。米帝と南朝鮮傀儡徒党の新戦争挑発によって、朝鮮半島には任意の時刻に戦争の火種が起こる緊迫した情勢が訪れている。しかしわれわれは、敵が戦争をはじめるのを恐れるものではない。全軍、全人民は一体となって戦闘準備態勢を整え、いつ、いかなる時刻に戦争が起きても、敵に殲滅的な打撃を与える用意ができている」
(金元祚『凍土の共和国』)

以下は北朝鮮側から見た韓国/南朝鮮について。

北が南よりいいことは、男性の地位だ。南のテレビを観ていて驚いたのは、連続ドラマなどで女が男にびんたを食らわす場面にしばしば出くわす。すると男は、不満そうな表情はするものの、ぶたれた頬をさするだけである。北の家庭では、父親の鶴の一声ですべてが決められる。女は男の言うことに無条件服従しなければならない。
北では「女はひとたび男の家の敷居を跨げば、たとえ死んでも、その家の敷居を枕にして死ななければならぬ」という言葉をよく口にする。男が離婚を申し出ることがあっても、女が先に離婚を口にすることはほとんどない。ところがソウルでは女がいけしゃあしゃあと夫を睨みつけながら「あなたとはもう一緒に暮らせない。離婚する」と言い放つ。
(康明道、前掲書)
八十九年一月、現代(ヒョンデ)グループの名誉会長の鄭周永(チョンジュヨン)が北へ訪問した。北はそれまで鄭周永を「労働者、農民の血を吸っている買弁資本家」だと罵倒してきた。だが、いざ鄭周永が北にやってくると、飛行機に乗せて彼の故郷である通川を訪問させるという、大統領に次ぐ待遇でもてなした。それを見た人々は「買弁資本家でも金さえあればいいのだな」と考え方を変えるようになった。
それに北では、鄭周永は朝鮮戦争当時、牛に乗って南へ下っていった人間として知られていた。牛一頭売った金を持って、着の身着のまま越南した人、という意味だ。こういう人間が南へ渡って、わずか数十年間で、国際的に知られた大財閥の社長となって北に帰ってきたものだから、北の住民たちの対南朝鮮観が大きく変わった。熱心に働きさえすれば、いくらでも金儲けができ、財閥にもなれる朝鮮社会だと思ったのである。(同書)

韓国側にも北朝鮮の人間と接触することを禁ずる法律が2017年現在も存続している。

韓国ではいまだに北朝鮮を「反国家組織」とみなし、当局の許可なしに北側の人間と接触したり、北朝鮮の定期刊行物やビデオ、映画などの作品を国内で普及すれば、犯罪とみなす国家保安法が生きている。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)