三十九号室

三十九号室とは金正日が設立した機関である。康明道は三十九号室について、以下のように説明している。

ふらつく北朝鮮経済を瀕死の状態に陥れたのは三十九号室である。金正日が一九七四年に三十九号室を創設した理由は簡単である。
金が必要だったからだ。金正日は当時、幹部たちにテレビやラジオ、冷蔵庫、オメガ、ローレックスなど外国製品を熱心に配っていた。幹部たちの歓心を買って、おのれの権力基盤を築こうとう魂胆だった。金の威力に味をしめた金正日は、さらに金が必要になった。それでできたのが三十九号室である。
三十九号室は、いうなれば北の巨大な独占財閥といっていい。金鉱や銀鉱、亜鉛鉱、製錬所などを独占しているだけでなく、水産物や松茸に至るまで三十九号室を通さなければ輸出ができない。
もし、ほかの期間がこれらに手を付けでもしたら反動扱いされる。
三十九号室の出現は、政務院(内閣)の金庫をすっからかんにしてしまった。たとえばの話だが、三十九号室傘下の大聖(テソン)銀行には金があるが、政務院が運営している対外貿易銀行には金がほとんどないという有様である。
その結果、八十年代半ばごろから、もっとも重要な対外経済の課題は、外国から金を借りてくることだった。
外国から百万ドルも借りてくれば、誰彼かまわずに「努力英雄」称号を与えたものである。(康明道『北朝鮮の最高機密』)

三十九号室の対外的な名称も明らかになっている。

三十九号室が対外取引するときは「朝鮮大聖商社」というダミーを使う。資本主義社会でいえば、大聖は北朝鮮第一の財閥グループにあたる。大聖が取り扱う品目は、明太や蟹、石持のような水産物から、松茸、衣類、機械類、有色金属、電子、金塊、銀塊、銅にいたるまで、それこそありとあらゆるものを扱っている。
また、率いている職員だけでも数万人にのぼる。
それに日本、香港、北京、ウィーンなどに支社を置いている。(同書)

三十九号室についてはブレイン・ハーデン『十四号管理所からの脱出』でも言及されている。

キム・カンジンは金日成総合大学で英文学を学んだ。韓国へ亡命する前の専門職種は、国家が運営する国際保険詐欺のマネージメントだった。
北朝鮮国内で産業事故や自然災害が起きたことにして、でっちあげの保険求償をし、世界に名だたる保険会社から何億ドルという保険金を巻き上げた。
そして、その大部分が親愛なる指導者のもとへ流れていく。
二〇〇三年二月初め、キム・カンジンはシンガポールの自分のオフィスで、同僚たちが二〇〇〇万ドルの現金を二つの頑丈な鞄に詰め、北京経由で平壌へ発送するのを見ていた。
現金は朝鮮労働党中央委員会三十九号室に届けられた。悪名高きこの機構というか事務局は、金正日が一九七〇年代に外貨獲得のために設立し、当時まだ国を統治していた父親に依存しない彼自身の権力基盤を築くためのものだった。
キム(および多くの脱北者や発表済み報告)によると、三十九号室は高級商品を購入して北朝鮮エリートの忠誠をつなぎ留めるだけでなく、ミサイルやその他兵器開発のための外国製部品購入代金を提供してもいた。(ブレイン・ハーデン『十四号管理所からの脱出』)

三十九号室によって調達された資金がミサイルなどの兵器開発にも使われていると証言されている。