金日成像

解説の終わりごろになると、案内嬢は一段と金切り声を高め、「それゆえに清津市人民大衆は、首領様の慈愛深き愛と恩恵に答えようと、その周囲に大きなサーチライトをつけ、太陽の沈んだ闇夜にも銅像がこうこうと輝くようにしたのです」と述べ、彼女自らも陶酔の絶頂に達しているような表情を作った。
確かに、案内嬢が言うように巨大な金日成銅像の台座の四隅には、大きなサーチライトが取り付けられており、闇夜でも銅像が明るく、太陽のように光を放つよう制作されていた。(『凍土の共和国』)
共和国の指導員は、S市でも最初に私を巨大な金日成像のとkろおに連れて行った。そして、例の”チョル・サオブ”(お辞儀事業)をさせら得た。あらかじめ準備されていた「偉大な首領金日成元帥様の万寿無窮を祝願いたします」と書かれている大きなリボンのついている丸い花かごを銅像の前にうやうやしく掲げ、深々と頭を下げるお辞儀事業をさせられた。(同書)
だが何より印象的なのは、兵士たちに囲まれた軍服姿の金日成の巨大な銅像だった。そこへ行くには、大通りと同じくらい広い幅の大理石の階段を登っていかなければならない。登りきるのにニ十分はかかった。銅像はとても大きく、いくら運動神経が良い小学生でも、偉大な指導者の巨大な靴によじ登ることさえ難しいだろう。
台座だけでも大人の身長より高かったので、銅像と目を見交わすにはぐっと頭を上げなければならなかった。多分、わざわざそんな風につくってあったのだ。四階建ての建物にも匹敵するような、この堅固な金日成は、大きなコートをまとっていた。帽子は被らず、片手を振り、もう片方の手では子供を隅のところに抱き上げていた。その後ろでは、赤い星のついた帽子をかぶった兵士たちが機関銃や小銃を振り上げている。
彫像を照らし出すライトも巨大で、直径一メートルはあった。電力不足が深刻化し、町を照らす電球がひとつもなくなったときでさえ、ここのライトは輝き続けていた。彫像の台座の前に並べられた鉢植えの花は、いつも念入りに水やりがされ、しおれはじめた途端に取り換えられていた。(カン・ヒョク『北朝鮮の子供たち』)