一九四五年、金日成祖国凱旋

「敬愛する主席様の祖国凱旋を歓迎する平壌市群衆大会が一九四五年十月十四日に、モランボンのふもとにあった平壌公設運動場(現在の金日成競技場)で開かれた。
大会場は、平壌市はもちろん、北と南の各地から集まってきた数多くの群衆で埋め尽くされた。百戦老将が出てくるとばかり思っていた群衆は、三十代の青年将軍であられた敬愛する金日成主席様が演壇に現れると、驚嘆の歓呼の声を上げた。敬愛する金日成主席様におかれては、人民の熱烈な歓呼に答礼なさり、『あらゆる力を新しい民主朝鮮建設のために』という歴史的な凱旋演説をなさった」(萩原遼、井沢元彦『朝鮮学校「歴史教科書」を読む』)
「金日成将軍は抗日の勇士たちとともに祖国に凱旋した。心から待ち望んでいた民族の指導者をむかえる朝鮮人民は、感激の波濤に身をゆだねた。北の彼方白頭山から南は済州島の漢拏山にいたるまで、朝鮮の津々浦々が一つの巨大な声となって、祖国に凱旋した民族の太陽金日成将軍を歓呼して迎えた。
「金日成将軍万歳!」「朝鮮独立万歳!」虐待と苦役から民族を解放し、敵に死を与えた金日成将軍――、三十六年間を地獄の中で生きてきた祖国に光明と自由をもたらした偉大な指導者金日成将軍――、領袖をむかえた朝鮮人民のよろこびはたとえようがなかった」『金日成伝――生い立ちから祖国凱旋まで』の「歓呼の嵐に包まれて」より(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)
金日成は十月十四日に平壌市営運動場で開かれたソ連軍歓迎群衆大会に突如として登場した。ソ連占領軍司令部のロマネンコ少将は、金日成を最も偉大な抗日闘士として紹介した。
大会は午後一時に始まった。大会議事の順序に従って、人々が待ち焦がれていた金日成将軍がりりしくも活気に満ちた英姿をあらわした。その一瞬、歓喜の声が熱風のように満場を吹き抜け、それはやがて熱狂的な歓声と変わり天地をどよめかせた。(中略)抗日闘争の鮮血に染まる十五星霜を戦い抜いてきた金日成将軍――、その千軍万馬の将軍がいま三千万同胞のふところに帰って、花束に包まれて微笑んでいる。群衆は歓呼を送りながら感動の涙を流した。(同書)