栄典

人民が国家から授与される栄典には様々な種類がある。

十六年間蓄えたお金を、一年を費やして書き上げた忠誠文といっしょに、労働党第六次大会(八○年十月)を前にして献納した。
許学善の切なる望みは、金日成の名前を刻み込んだ腕時計、いわゆる尊名時計をもらうことだった。
労働党大会では、党に対する忠誠心や貢献度によって褒賞を与え、称号も与える。また、尊名時計も与える。この時計は、オメガの金メッキ製とニッケル製の二種類があり、時計自体の価値もかなりものだが、これを持ったものに対する恵沢も大したものである。除隊すれば、誰でも米の配給量が半分ないしそれ以下に減る。しかし、尊名時計を持っていれば、もとのままの量の配給を受けられるのだ。許学善は党大会で必ず尊名時計をもらえるものと信じていた。
しかし、尊名時計は授与されず、献金した貯金も受け取られず戻ってきた。金正日の別荘で働く若い女子接待員三人はみんな尊名時計をはめていたではないか。(崔銀姫、申相玉『闇からの谺』)
倉庫火災の消火活動の最中に気を失い、その場にいた全員が表彰され、勲章を授かる。軍功メダルと祖国保衛勲章。(チュ・ソンイル『北朝鮮人民軍 生き地獄の兵営』)
朝中国境には、韓国人伝道師や民間人もやってくる。そんな彼らが対岸の水辺で働く子供たちを見て、あまりの悲惨さに食べ物などを投げてとこしたり、水に浮かべて送ったりすることがある。社会安全部、保衛部は、その食べ物には毒薬が混ぜてあるので、決して食べてはいけない、向こう岸に送り返せ、と指示している。一人の子供が、そんな食べ物を食べてみたくて手に取ったが、なんとか踏みとどまって向こう岸に戻した。たったこれだけのことで「金日成青年栄誉賞」が与えられた。食べてしまった子供たちは、国を辱めた罪で厳重に処罰され、それなりの地位にいた両親も連座、解雇された。(張仁淑『凍れる河を超えて』)
当時の私の職責は、人民武力部・保衛大学の研究室長で、階級は大佐だった。ところが、平壌学生祭典を期して、わたしは韓ヨンチャン保衛大学長から特命を受けた。それは、日本から盗聴器と各種電子製品を購入せよというものだった。しかも、一円の予算も割り当てられずに、である。はじめは途方に暮れたが、わたしは平素の手腕を発揮して三十万ドル相当の日本製盗聴器をとどこおりなく購入した。このことでわたしは国旗勲章第二級まで授与された。(康明道『北朝鮮の最高機密』)

以下は国家ではなく学校だが、特定の科目の成績が良いと表彰されるようだ。

金父子の革命歴史に全力を注ぎ、試験ではいつも満点を取った。こうしたことが評価され、学校から表彰されたこともあった。(チュ・ソンイル、前掲書)