英雄

北朝鮮の人民は、親兄弟を密告したり、命を犠牲にして最高指導者の肖像画を守ったり、何らかの形で国家に貢献するとその忠誠心を評価されて「英雄」の称号が授与される。

ときに新聞が、両親を密告した英雄的少年少女の特集記事を組むことがある。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』)
金正日が労働党書記に任じられてからは彼の肖像も父の隣に掲げられた。さらにそのあと、三枚目の肖像が配られた。今度は父と息子が一緒に収まっていた。
北朝鮮の新聞は、こうした肖像画を家事や洪水から救い出すために命を落とした英雄的市民に関する三面記事を好んで掲載した。(同書)
空軍司令部でタイピストとして勤務していた姉は殉死した。金日成・金正日の思想や言行について学ぶ教養室が火事になった時に、姉は二人の肖像画を守るため、同僚とともに火の中に飛び込んで焼死した。姉たちは「首領様、将軍様!」と叫びながら炎に突っ込んでいった。周囲で見ていたものは誰一人止めなかった。
止めれば、それだけで「忠誠心の欠如」を問われ、処罰の対象となるからだ。いい大人の中で金父子に心から忠誠心を抱いている者はいくらもいない。姉にしても、今考えれば、自分のが陽の中に飛び込まなければ家族全体が忠誠を疑われると思いこみ、後先考えずに飛び込んだのだろう。北朝鮮のマスコミは、姉をはじめとする「殉死者」の勇気を讃え、金正日は彼女たちに共和国英雄の称号を与えた。(チュ・ソンイル『北朝鮮人民軍 生き地獄の兵営』)
チャン・グァンソンは清津チンピラとして知られており、人民武力部(国防省)に勤務する叔父のおかげで民警に入隊できた。しかし彼は非武装地帯で働いている農民の娘を強姦し、生活除隊(不名誉除隊)となった。彼は梅雨で増水した臨津江(イムジンガン)に投げ出され、韓国に流されていった。ところが彼は、脱北を求める安企部の勧誘と脅迫にも屈せず、将軍様の元に戻してくれと叫び続け、帰還し、共和国英雄の称号を授けられた。北朝鮮の新聞は彼の過去を美化し、彼は母校で講演した。(同書)
パイロットのキル・ヨンジョは九十年代の英雄として北朝鮮でどれだけ騒がれただろうか。彼は訓練途中に飛行機が炎上し、金日成の銅像と人民を守るために機首を海に向けて死んだ。東大最高の英雄の一人だ。落下傘に乗って脱出しようと思えばいくらでもできたが、貴重な機を海中に沈めるために死を選んだのだ。「パイロット、キル・ヨンジュ」という映画もあるほどだ。(同書)
エネルギー不測の深刻さを反映して、わずかの木で強い火力が得られるコンロが発明され、各家庭で買わされた。発明者は三大革命小組員で、金日成、金正日から「英雄」の称号をもらったという。(朝日新聞アエラ編集部『北朝鮮からの亡命者』)
「隠れた英雄を範とする学習」運動が金日成父子の直接参加のもと、一九七九年から開始された。この運動の本質は、物的精神的支持を意識的に拒否した「党の首領様のための」献身的労働のスローガンにある。
この運動を総括して一九八二年八月十七日付の『労働新聞』は書いている。「『隠れた英雄に学べ』をスローガンに社会をあげて開始された運動は、数年を経ずして今や現代の偉大な共産主義革新運動に、主体の要求に応じてイデオロギー、技術、文化の各面の改革を目指す運動に成長した」と。
一九七九年十月初旬、金日成は科学院付属農芸研究所の女子職員・白雪姫を接見。翌日の新聞紙上に金日成みずからこの女性に労働英雄の称号と博士号を授与した旨の報道が掲載された。
『労働新聞』は二ページにわたり白雪姫の模範的な行動について「党と人民のみを念頭に」と題した論文の掲載に続き、さらに「隠れた英雄」――金相連と朴英哲――を連載。
「これらの論文を読んだ読者の喜びと感激はいかばかりであったろう、国中が歓喜に包まれたのであった」党中央委員会機関紙は書いた。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)

以下は金今順と呼ばれる英雄的少女について。

金日成はキムクムソン(金今順)について「わたしは今順が殺されたことを知らされてから、しばらく児童団学校を訪ねなかった。そこへ行くのが空恐ろしかった。今順のいない児童団学校、今順のいない児童演芸隊……こう考えると、悲しくてたまらなかった。敵は汪清の人たちからあんなにかわいがられていた演芸隊のチョウ、遊撃区のヒバリをわたしのそばから永遠に奪い去ったのである。(中略)今順の最期を伝える悲痛な知らせは、汪清一帯の革命大衆を奮い立たせた。腰営口の谷間では今順の追悼式が厳かにとり行われた。
東満州各県で、憤激した数十人の青年男女が今順の仇討ちを誓って朝鮮人民革命軍に入隊した。コミンテルン系の雑誌や中国、日本の出版物は、世界被抑圧民族の解放闘争史に類例のない、この幼い英雄の死を競って報じ、『幼い列女の略伝』と題して今順の英雄的な生涯を激賞した。
あの小さな足で激流を渡り、峻険を越えて革命の歌を情熱的に歌い続けた遊撃区のヒバリ今順は、このように九つの年で、世界を揺さぶる人物となった」
この「クムスンの最期」は北朝鮮では大々的に宣伝されている。『回顧録』で金日成は「近年、今順を主人公とする小説や映画がつくられているが、それだけでは若い人たちに彼女の偉業を十分に伝えることができない。今順のような少年英雄の業績を子々孫々に伝えるためには、金や銅の像を立ててもおかしくはない」(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)