科目

北朝鮮の学校での授業科目について引用する。

人民学校三年生までは「金日成首領様の子供時代」「金正日指導者同志の子供時代」のほか「国語」「算数」「理科」「音楽」「図画工作」「体育」の計八科目。四年生になるとこれに外国語が加わります。英語かもしくはロシア語なのですが、生徒が自由に選択できるわけではない。担任の教師が学生時代にロシア語を専攻していればロシア語、英語だったら英語という具合に自動的に決められてしまう。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)
外国語は英語とロシア語が選択で、組ごとに学校が決める。二年下の子からは、ソ連の崩壊後なので、みんな英語を取らされた。(朝日新聞アエラ編集部『北朝鮮からの亡命者』)
革命史の授業は「偉革」「親革」「労作」の三種類あり、一週間に八コマもあった。「偉革」は「偉大なる首領金日成同志の革命歴史」「親革」は「親愛なる指導者金正日同志の革命歴史」「労作」は二人が主席、及び書記として打ち立てた業績や著作を学ぶ時間である。(キムウォンヒョン一家『生きたい!「飢餓と絶望」からの脱出』)
学校教育で最も重要視されているのは「金日成首領様の子供時代」と「金正日指導者同志の子供時代」という科目です。ですから、国語や算数の点が低い子よりも、この「子供時代」二科目の点数の低い子の方が手厳しく怒られます。国語や算数なら「どうしてきちんと勉強できないの」と怒られる程度で済みますが、「子供時代」の出来が悪いと「お前は落第だ」と容赦なく殴られ、場合によってはその子の人格問題にまで及びます。
「我が国の偉大な首領様の足跡が覚えられないのは、お前の心がまっすぐ首領様に向いていないからだ。お前は“反動”ではないのか」と頭ごなしに批判されるのです。
二つの「子供時代」は、他の国の教育科目でいえば「歴史」であり「社会科」です。人民学校で習う科目には、一般的な「歴史」や「社会」という科目はありません。
この二科目が最重要視されている証拠に、どこの幼稚園でも入学して最初の一時間目の授業が「金日成首領様の子供時代」、そして二時間目が「金正日指導者同志の子供時代」となっています。
(呂錦朱、前掲書)
一般的に言って、大学に入ってから一年が過ぎると、教養科目はほとんど勉強しなくていいし、専門の勉強だけを中心にすれば良いと考えられているが、金父子に対する学習はずっと続けられる。
大学生のみならず一般の人民たちには、死ぬまで金日成と金正日に対する教育が宿命のごとく付いて回る。大学の予備科から四年の卒業時まで「金日成同志の革命の歴史」と「金正日同志の革命の歴史」「党の政策」「金日成主義の基本」「現行の党政策」「主体哲学」の類の教育がなされる。
金父子に関連する科目が優秀であれば、他の科目ができなかったとしても目をつぶってくれる。逆に専門科目がいくら優秀でも金父子に関する科目が悪いと無条件に落第である。
北朝鮮では十〜九点は最優等、八〜七点は優等、六〜五点は普通、四点以下は落第となっている。そして全科目の試験は、金父子の矜持やお言葉を必ず書いてから、やっと問題を解くことができる。
万一それを書かないでテストで10点満点を取ったとしても、2点がマイナスされて8点となるのである。
金父子のお言葉を書くときは、必ず一番上に書かなければならない。
「親愛なる首領金日成同志が次のように教示なさいました」
「偉大な領導者金正日同志が次のようにおっしゃいました」
このように書いてから、初めて問題を解くことができた。
金父子の教示やお言葉は正確に暗記しなければならないが、必ず「」(引用かっこ)を使って、そのうちの1文字でも間違えると〇点になる。合えば十点である。
例えば金父子のお言葉を一文字も間違わずに覚えられなかったとしても、その内容を覚えている場合は、別の形式にのっとって書かなければいけない。
「親愛なる首領金日成同志が次のように教示なさいました」
「偉大なる領導者金正日同志が次のようにおっしゃいました」
このように書き始めてから、「」をつけずに、いった内容を書けばいいのである。
しかしこの場合、十点はもらえず、八点以下の点数になる。
ところがこの金父子の科目は、例えば数学の公式であれば考えて解くこともできるが、年代別に日付まですべてが体系化されているので、丸暗記してこそ初めて書けるのである。
一冊が五百ページもある本を、それも一冊ではなく四~五冊はあるのだから、それだけを勉強するのに精一杯で、他の科目の勉強は当然おろそかになってしまう。(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)