学校生活と貧困

北朝鮮は貧しい国である。学校では必需品を確保するために各家庭から寄付をさせている。

親たちは絶えず学校に寄付しなければならない。ここに寄付の割り当てがあり、学校は寄付されたものを売って設備を整えるための資金にする。
ウサギの毛皮は私たちの安全を守る兵士の手袋や制帽になる。屑鉄は銃になり、銅は弾丸になる。キノコや果物は輸出して外貨を稼ぐのに使える。親から割り当てられた寄付がない場合、教師がクラス全員の前でその子を責めることもあった。(イ・ヒョンソ『七つの名前を持つ少女』)

家庭の金銭的負担が大きくなれば、子供たちが学校に行くことも難しくなる。

姉と私は学校に行くのも辞めざるを得なかった。北朝鮮では教育は無償ということになっているが、制服代や学用品代は生徒が払わなければならないし、教師のために食べ物などを持って行くことも求められる。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)

以下は北朝鮮のノートについて。保衛部とは秘密警察のことだが、政治犯収容所での体験を語っている。

漂白処理もしていないので紙が黒く、紙面が凸凹で、ところどころに穴が開いている。紙の原料が良く溶けていないため繊維の塊がそのまま残り、字を書こうとすると引っかかったところがすぐに破けてイライラする。保衛部ですらこんな馬糞紙のようなものを使っている状況なら、学生や一般人はまともな紙が手に入らないだろう。
子供たちは勉強するノートの確保に苦労した。中学生は新しいノートを手に入れることができなくて、小学生の鉛筆書きの使い古しのノートの上にインクで字を書くありさまだった。(韓元彩『脱北者』)

北朝鮮ではノートを確保することも難しく、一冊のノートを何度も使うための涙ぐましい努力が語られている。

新品のノートを使う時は、初めは万年筆を使う。万年筆のインクは、あとで水に浸せばとけるので、一度書いた文字を消すことができる。北朝鮮では、どの家にもオンドルがあるから、
インクを抜いた後ノートの水を切り、元通りに広げてよく伸ばし、一晩布団の下に敷いて寝る。こうすれば、翌朝起きた時には乾いているから白いノートとしてまた使える。
二度目は鉛筆で書く。最初から鉛筆で書かないのは、北朝鮮には消しゴムがないから。三度目は鉛筆書きの文字の上からボールペンで書く。四度目は、ボールペンよりもさらに濃い文字
が書ける筆記用具である墨を使う。何度も使い続けると、よく読めないだけでなく、三度目になると紙がデコボコになっていて、ボールペンの簑きが紙のささくれにひっかかり、紙に
穴が開いたり破れたりする。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)

貧しいのは生徒ばかりではない。

学校の先生にも乞食然としたものがいた。
次男・希永の同僚がそうだった。父親は他界、兄弟もいるにはいたがすでに家を離れ、病身の母親と二人暮らし。
以前から苦しい生活のところに、食料配給のストップ、給料の遅配が重なって困窮を極めた。食卓を満足にとれないため、徒歩で学校にたどり着くのがやっとの状態。顔はいつも土気色でまさに骨と皮ばかり。
まるで餓死寸前。食事もとれないのだから、まして衣類の着替えはない。
年中同じ服を着ていたので、浮浪者のようだった。ついにはその服もボロボロとなり、大きな裂け目が入る。
それでも着替えるものはない。そこで生徒から「乞食先生」と呼ばれるにいたった。
見かねた学校側が「君は授業に出るのは無理だから家にいなさい」と仕事を免除してやった。
生徒にしても同じようなもので、食糧事情が悪化するにつれ、欠席者が一人増え、二人増え、ついには授業も立ちいかなくなる。栄養失調で登校できなかったり、子供ながら食料確保に
精を出さざるを得なくなっていったのだ。(辺真一『北朝鮮亡命730日ドキュメント』)