高等中学校

高等中学校とは中学と高校のことである。五年制で、満十一歳から満十六歳まで就学する。二〇〇ニ年九月に中学校に名称変更された。
高等中学校の概要に関しては、旧ソ連のジャーナリストであるアレクサンドル・ジェービンの以下の説明がわかりやすい。

平壌の紋繍街(ムンスコリ)団地にある高等中学校は生徒数千百二十六人、教師五十八人に対して教室が三十六、実験室・特別教室十四、体操場一。五年級から十年級までの六年制で、それまでに幼稚園で一年間の準備過程と四年生の人民学校に学ぶことになっている。この十一年生の普通か義務教育制度が導入されたのは一九七五年である。
教科は金日成と金正日の活動の歴史、朝鮮語、朝鮮史と世界史、地理、外国語(ロシア語か英語)、数学、物理、化学、体育、音楽のほかに芸術、自動車の運転・整備、コンピューターの選択科目がある。
金日成父子の「革命活動の歴史」は一日に三十分ずつ二回、金日成の歴史が週に二回、金正日が一回。
成績の評価は十段階に分けられ、最高が十点。学期は年に二学期、九月一日から十二月三十一日までが前期。二月十六日から六月末までが後期で、学校が休みのあいだは農村奉仕に従事することになっている。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)

自動車の運転・整備まで学校で教えるということは、つまり北朝鮮には自動車の教習所はないことがわかる。

高等中学校の生徒たちも労働に従事させられる。

高原の中学校は厳しかった。何をするにしてにも団体行動しなければならない。朝はみんなで道を掃除したり、銅像を磨いたりといった共同奉仕活動の後、全員で一列になって学校まで行進する。
そろって腕を振りながら、国をたたえる勇ましい歌を歌う。一日の授業が終わって下校するときも同じようにしなければならなかった。
北朝鮮では、学校に通う子供たちも、勉強だけしていればいいわけではない。子供は無報酬の労働力の一部に組み込まれ、それが国の崩壊をかろうじて食い止めてもいる。
私たちは午後の労働奉仕のために。通学用かばんにはいつも作業着を入れていた。春には集団農場で植え付けの手伝いをする。
秋の収穫時期には、取り残された米やトウモロコシや豆を拾う。手に小さい私たちはその作業に適していた。
私はその仕事が嫌いだったが、お腹を空かせている人がいるのだから、一粒の米も無駄にしてはいけないと教えられた。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)

高等中学校に入学すると軍事訓練が始まる。

高等中学校の二学期には、男女の区別なく本格的な軍事訓練がある。七月の一週間を使い、区域の周辺の低い山にある野営所に行って、集中的に訓練をする。訓練は、朝は五時半に起床して、五百メートル先にある目標板を狙って銃を撃つ照準訓練が一日中続けられる。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)

以下は高等中学校の卒業生たちの進路について。

高校生が百人いれば、五人が大学に進学し、八十人が軍隊に入隊する。残りの十五人が就職する。農村の方が軍へ行く割合が割合が高い。(朝日新聞アエラ編集部『北朝鮮からの亡命者』)
私が通っていた田舎の高等中学校の一学年の卒業生は一○○名くらいにしかならない。
ところがそのなかで、中央のエリート級の大学や道クラスの大学、専門学校などを合わせても十五名以下しか進学できないのである。(チャン・キホン『北朝鮮 普通の人々』)