少年団

北朝鮮の子供たちは人民学校に入学すると、少年団と呼ばれる組織に所属する。北朝鮮の人々は全員がなんらかの組織に属することになっている。少年団については大韓航空爆破事件実行犯の金賢姫が詳しく語っている。

人民学校の二年になると全員が少年団に加入するが、二年生になったとたんに全員を自動的に加入させるのではなく、何人かずつ段階的に入団させる。
つまり四・一五と六・六(少年団創立日)、九・九などの主要な国民の祝日に合わせ、一クラスから何人かずつ選んで入団させるのだ。
その狙いは、みんなが、人に立ち遅れないようにわれ先に加入しようと一生懸命にさせるためである。
少年団に加入するためには入団宣誓文を暗記し、赤いネクタイ、そして少年団バッジを準備しなければならない。
少年団の入団式には、父兄たちも参観することができる。市から責任幹部がきて宣誓文を唱えると、入団者たちもあとについて諳んじる。宣誓文は、先生と父兄たちが入団者の前に行き、準備された少年団の赤いネクタイを首に巻いてくれ、太陽の光の模様のバッジを胸につけてくれて入団を祝ってくれる。
とくに金日成の生家である万景台に行って入団することが、もっとも光栄なのである。
赤いネクタイを首にかけると、すでに大人になったようで誇り高く、覚悟もできる。再び市の責任幹部が「父なる金日成元帥様の、限りなく忠実で正直な共産主義の建設の、頼もしい後備隊になるために、常に準備しよう」と唱える。スローガンを宣誓すると、入団者は「つねに準備!」と復唱しながら右手のひらをまっすぐひろげて、額を斜めに分けるようにして、額の前で止める、少年団式敬礼をする。
少年団は敬礼をするときは、いつでも「つねに準備!」とスローガンを声を張り上げて言わねばならない。
このスローガンの内容がまさしく少年団の義務なのである。北朝鮮では金日成が「少年団は共産主義建設の後備隊として、知、徳、体をつねに兼備するようにせよ」と教示した。
私は人民学校の時、「学級長」の役目を受け持っていたので、少年団分団委員長の仕事もした。クラスが模範分団の栄を勝ち取るために一生懸命に仕事をした。
模範分団を勝ち取ったクラスは、模範分団旗を受け、クラスメイト全員に模範分団バッジが授与される。模範分団を勝ち取る運動のために、「図表競争」をさせるときもある。
各児童ごとに革命、学習、労働、道徳欄をつくり、図表を描いて教室に提示する。例を挙げると、金日成の革命活動について討議する時間には「図録板」を掲げて、児童を指名し討論をさせる。
「金賢姫さん、この写真を見てわれらの偉大な父なる首領様が、われら人民のためにどんな方針を提示していらっしゃる場面か討議してみなさい」
討論児童として指名されると、図録板の前に出て、両手のひらをまっすぐ広げ、図録板を仰ぎ見るように指さし、「この写真は偉大な首領様が、武装闘争を国内外に拡大発展させる方針を提示する場面です。偉大なる首領様は一九三○年六月卡倫(カルン)で、朝鮮人民革命軍会議を開かれ、このような方針を出されました……」
力いっぱいはっきりと発音し、討論を上手にやると革命欄に赤い線が伸びる。学習も最優秀なら黄色い色の線が伸び、労働や作業の掃除の時間に全部出席してやり抜いた時、そして道徳欄は服装などがきちんとしているときにオレンジ色の線が伸びる。
父兄同士の競争も激しく、自分の子が少しでも落ちそうになると、評価をした子の家を訪ね抗議したりした。
各学校では自分の学校の少年団の活動を宣伝するために、「模範少年団員栄誉登録賞」をつくっているが、私たちの学校では模範少年団員が、このような活動をしたと写真を撮ってはりつけ、その説明文を書くようになっていた。私はこの写真を撮るために毎回選ばれて動員された。金日成革命歴史研究室で学習する児童たち、花畑栽培、サークル活動、ちびっ子衛生などの題目の下についている写真には、いつも私が映っている。
一度は全国的に発行される少年団の雑誌「私たち同志(トンム)」の表紙の写真にも、私が出たことがあった。その写真は正月に、金日成の肖像画の前に花かごを捧げる少年団員の姿をとったものである。
あるときは授業中に呼ばれて、学校の近くの山に連れていかれて。野球帽をかぶせられ背嚢を背負わされた。それから軍用のご飯釜でご飯を炊いている姿を写真に取られたりした。
北朝鮮で発行される雑誌の場面はすべてこんな風に撮影されるのである(金賢姫『いま、女として』)

金日成自身が少年団について次のように語っている。

今日も朝鮮革命は社労青とともに少年団を労働党の有力な貯水池とみなしている。我々が全国の財宝を集めて子供たちの宮殿を立て、次の世代の教育に惜しみなく投資しているのはそのためである。それで、私は今も幹部たちに向かって、若い世代を愛するようにと言い、子供たちを国の『王様』だと再三強調している(金日成『金日成回顧録』)

また、教科書では少年団については次のように、日本兵相手に勇ましく戦う少年兵として描かれている。「児童団員」は少年団、「イルチェノム」とは日本人(より正確には“日本野郎”というような蔑称)のことである。

「山の細道をイルチェノムたちが這い上がってきました。児童団員ヨンチョリは赤いネクタイを振って遊撃隊に知らせました。〈タンタン、バーン……〉遊撃隊員はイルチェノムたちをことごとくやっつけました。〈金日成将軍万歳!〉ヨンチョリと遊撃隊員たちは、万歳を声高く叫びました」
児童団員とは「革命の偉大な首領、金日成同志様が抗日革命闘争時期に、自ら子供たちを集めて指導なされた、革命的な子供たちの組織」(『現代朝鮮語辞典』)
金日成は抗日闘争時代に、革命家の遺児や貧しい労働者の農民の子弟が、「知徳体」を具えた朝鮮革命の予備軍になるように、各地で学校を建てたり、学習会を行った。
ヨンチョリが振ったのは赤いネクタイであるが、この「赤い」ネクタイについて、先生は「少年団員の赤い色は少年団員たちが革命の伝統を継承し、偉大な領導者金正日元帥様に、限りなく忠実な主体型の革命化になるという決意と、誓いが含まれています」(『社会主義道徳』小学校三年生教科書 二〇〇ニ年)と教えている。
(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)

子供たちが労働に駆り出されるのは「人民学校」の記事でも見たとおりである。

子供たちは学校から帰宅しても自由な時間はない。さまざまな「積善運動(チョーウン・イーラギ・ウンドン)」に動員されるからだ。子供たちは兎の養殖やくず鉄回収、植栽の手入れといった作業に駆り出される。青年新聞「労働青年」は、少年団の「かわいいメンバー」が食肉用の兎を何匹、皮を何枚国家に収めたかを定期的に報道している。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)