人民学校

人民学校とは小学校のことである。二〇〇ニ年に人民学校から小学校に名称変更されている。北朝鮮の小学校は四年制で、満六歳から満十歳まで就学する。

北朝鮮の小学校の教育期間は四年間で、一年生から四年生まで同じ教師が担任にあたる。このため教師と児童のそりが合わないと、成績などに微妙な影響が出てくる。(宮塚利雄、宮塚寿美子『北朝鮮 驚愕の教科書』)
私が人民学校に通っていた頃でも教室が足りず、二部制の授業をした。午前の部は朝の八時に始まり午後一時に終わり、午後の部は午後二時に始まり午後七時に終わる。
午前の部は朝七時半までにいかなければならず、少なくとも七時に十分までに集合場所のアパートの木の下に集まり、団体で登校することになる。
集合場所に学級生五十名全員が集まると、学級長が出席を取り、鞄と服装の検閲をする。服装の検閲が住むと四列重態に整列し、学級長の号令に従い歌を歌い、足並みをそろえて学校に向かって行進する。
学校の正門につくと学級長は「止まれ!」と一行を立ち止まらせる。正門には先生が二名とその日の当番の規律部三名が見守る中、到着時間、歌声の高低、隊列の規律状態と各自の少年団ネクタイ、記章、制服のスカートの皴、頭髪、リボン、爪の清潔状況などをいちいち検閲し、その結果を書きとめる。
もし指摘事項に問題のある児童は、週間全体集会で、厳しく批判をされる。クラスの平均成績を引き上げるために、担任の先生は勉強のよくできる子とできない子を一組にして座らせた。
勉強できない子はだいたいがそうであるように、服装もボロボロで身体も清潔ではなかった。頭はもじゃもじゃで、シラミの卵までびっしりついていて、いつも鼻から黄色い鼻水が出たり入ったりしていた。鼻水が出ると「クッ」と吸い込み、時には袖でそのままさっと拭いた。全国的にシラミが大量発生し頭を悩まされた。
政務院令二十号として「しらみを撲滅しよう」という命令が下されたほどであった。それで、いまでもシラミを「二十号」と別名で呼んでいる。(金賢姫『いま、女として』)

北朝鮮の子供たちは労働に駆り出される。

人民学校の「ちびっこ計画」では空き瓶や古紙を町で集めて回り、それを学校に持って行くと先生が紙に印をつけてくれる。それをなくしたり、印をもらえなければ、
仕事は無駄になってしまう。子供の中には印をつけた紙をなくして泣く子もいた。(申英姫『私は金正日の「踊り子」だった』)
人民学校では、全国的に実施されている「児童外貨稼ぎ七か年計画」の一環としてウサギを買っていたのだが、ウサギの肉は保衛員の食料として使われ、ウサギの毛は中央に送られた。
校長や教員は、党から認められるためには、生徒に勉強を教えることより、この外貨稼ぎ事業に精を出さなければならなかった。そこで学校では授業そっちのけで作業に熱を入れる。
(姜哲煥、安赫『北朝鮮脱出』)