幼稚園

北朝鮮では幼稚園ですでに政治教育が行われ、個人崇拝が強制される。

金日成・金正日の伝記学習のための特別室がある幼稚園で、特別室には金日成が生まれた村の万景台の巨大なレリーフが中心に据えてあった。
授業が始まる前、子供たちはみな、先生と一緒に金日成の肖像に三回お辞儀をし、「父なる元帥様、ありがとうございます」と唱えた。現在では、金日成より金正日が儀式の中心になっている。
彼らは偉大な首領の子供時代のいろいろなエピソードを暗唱する。「ここで父なる首領は日本の帝国主義者に対する戦闘に備えるために演習をなさいました」とか「ここで父なる元帥はスポーツをなさって、体を鍛えられました」(アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮』)
私が教えていた咸興市の会上(フェサン)幼稚園では「敬愛する首領金日成元帥様の幼かった時代の話」と「親愛なる指導者金正日様の幼かった時代の話」を昔話をする形式で子供たちに教えていた。園内には「敬愛する首領、金日成元帥様の幼かった時代の話を教える研究室」という教室があって、金日成主席の写真が壁に張って合った。
それらを指して、どこで生まれ、お父さんは誰で、お母さんは誰だとか話す。主席が生まれた時代の模型もあった。(朝日新聞アエラ編集部『北朝鮮からの亡命者』)
咸興近郊の協同農場新興(シヌン)の幼稚園の入り口から最初の部屋、二メートル四方の部屋に金日成生誕の地――万景台の模型が置かれていた。
その周囲にニ十脚ほどの小さな椅子が並んでいた。部屋の壁面にはほぼ天井に達する色刷りのポスターがガラス張りの枠におさめてかけられていた。
ポスターは幼・少年時代の金日成とその両親、祖父母など、この国で聖人と崇められるに至った金日成一族の理想化された絵や、首領様の幼少期を神格化したさまざまな絵画が陳列されていた。
そのひとつに、ちびっ子の金日成が日本の警官をパチンコで撃っている絵があり、「敵と闘う未来の父なる元帥様」と説明が書かれていた。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)

北朝鮮は様々な局面で人民同志を競争させようとするが、幼稚園でもまた子供たちの競争心を煽る。そのために「赤い星」の印を子供たちに配ると脱北者のチャン・キホンと大韓航空爆破事件実行犯の金賢姫が証言している。

どの幼稚園にも「赤い星取り」というのがある。一日の日課が終わる夕方にホームルームのような時間を作って、掲示板に、すべての面で先頭に立った子供に赤い星をあげる。
さらには下校前にくれるお菓子や飴なども、赤い星をもらった子供には五つ、もらえなかった子供には二つくれる。「偉大な父なる金日成元帥様があなたたちにくださるのだから、ありがたく思いなさい」(チャン・キホン『北朝鮮 普通の人々』
幼稚園の部屋の壁には子供の名前と、その下にいいことをした印に五角星を書いた紙を貼りつけ、また子供の書いた絵とスローガンが貼りつけてあった。そのスローガンは、「父なる金日成元帥様、ありがとうございます」「私たちは幸せです」「この世に羨ましいことなし」「わが民族の敵アメリカのやつらを撃破しよう」(金賢姫『いま、女として』)

子供たちの遊びにも教師が介入し、洗脳を行う。

子供が積み木で列車を作れば、教師が「韓国まで走らせて、餓えている子供たちを助けてに生きましょう」などといってくる。(イ・ヒョンソ『七つの名前を持つ少女』)

働く女性のために職場の近くに幼稚園が建設される。

女性の多い企業では、たとえば平壌の紡績工場や咸鏡北道の鏡城陶磁器工場などでは、工場の建屋のすぐ横の工場の敷地内に幼稚園が建設されていた。(ジェービン、前掲書)