電気、電力

北朝鮮の人々は慢性的な電力不足に悩まされている。

電気が来た時も、電圧が低かったので、電化製品などを動かすために昇圧器を使っている家が多かった。この昇圧器がしょっちゅう発火して火事になった。(パク・ヨンミ『生きるための選択』)
北朝鮮でガスが配給されているのは平壌だけである。したがって炊事する場合、一般的には電気ということになるが、この電気も四六時中使えるわけでなく、深夜などの数時間に限って流れる。北朝鮮には「電気シタ(ヒーター)」という電化製品がある。
もちろん、ハイテク機器などではありえず、二二○ボルトに合わせてニクロム線を巻いて作っただけの電熱器である。いわばローテクの電気コンロというわけであるが、炊事に使うばかりでなく、暖房装置としても使われた。結果、電力事情の悪化にさらに拍車をかけることになり、当局は電気シタを使わせまいと電力を流す時間を制限した。ガスも電気もダメ。
石炭の配給もストップされた。木という木は切り出され、山は禿げ山。このことが洪水の被害をさらに大きくした。燃料となる薪や木の枝すらない。残るのは煉炭のみである。それも泥炭を固めただけのもので火のつき具合が悪く、煙をもうもうと立てながら炊事をするのがやっとだった。
水の事情も最悪である。水道があっても水が出ない。したがって、水汲みはどの家でも主婦の重要な仕事となっている。毎朝早起きして背中にチゲ(背負子のようなもの)を背負い、一キロ離れた場所に行って水をくむ。それも給水口からは水がちょろちょろとしか出ないので、バケツ二杯を組むのに三十分はかかる。(辺真一『北朝鮮亡命730日ドキュメント』)
当局は電気シタを使わせないため、夕方から十時頃まで電気を流さなくなった。そのため、どこの家でも、燃料を節約するために朝一回調理して、夕食の分まで作り置きしておくようになった。(辺真一『生きたい!――「飢餓と絶望」からの脱出』)
夜になると発電所が電力の供給を止めるので、町は闇に沈む。昼間の停電は、ぼくの小さいころはほんの数分に過ぎなかった。
それがだんだん頻繁に起こるようになり、九五年頃には数日間、やがて数週間続くようになった。そのため水道のポンプもとまってしまい、停電が終わるたびに蛇口を開いて、水を蓄えておかなければならなかった。
だが、あまりにも長く続くときには、近くの村までバケツを提げて水を汲みに出る。時々は父さんも行ったが、水汲みは大抵、一人息子の僕の役目だった。
誰もが窮乏しているときでさえ、金日成の彫像は夜中も輝き続けた。普段よりもっと明るく照らされていると言う者もなかにはいたが、みんなそのことにはふれようとしなかった。(カン・ヒョク『北朝鮮の子供たち』)

電力不足の原因は何だろうか。

北朝鮮の山あいには流れの速い大小の川が縦横に走っている。北朝鮮の水力発電による電力供給能力は、南北分裂以前の朝鮮半島全体の電力需要の九十パーセントを賄っていた。
しかし金一族支配の北朝鮮政府は僻地に遍在する水力発電所を電源とする堅固な全国送電網の設置及び維持を怠ってきた。一九九○年代初頭にソ連が安価な燃料油の提供を停止したとき、都市部に設置されていた火力発電所は次々に停まり、国内の大部分で明かりが消えた。平壌の電灯をつけておく電力すら国内発電では不十分なのだ。(ブレイン・ハーデン、申東赫『十四号管理所からの脱出』)
テレビはスイッチを入れても正常に映らない。ブラウン管に映し出される画面が不意に、小さく縮んだかと思うと、また元に戻るといった繰り返しだった。原因は家庭に引かれている電線が日本のように銅線ではなく、普通の針金のようなものが使われているからで、そのために電圧が一定に流れない。(張明秀『裏切られた楽土』)
北朝鮮では北蒼火力発電所がもっとも規模が大きいが、現在八基のタービンのうちの二基だけが稼働している。平壌火力発電所も、六基のタービンのうち二基だけがかろうじて稼働している。したがって平壌も中心街だけに電気が供給されている状態。地方ではあまりにも長いあいだ停電が続いたので、テレビや冷蔵庫などは無用の長物となった。
(康明道『北朝鮮の最高機密』)
電力不足は食糧不足と関連している。石炭生産を点検するために安州地区の炭鉱に中央党の検閲グループが派遣された。検閲官たちは石炭生産の不振の原因を問いただした。
炭鉱幹部の返答は、第一に炭鉱夫が腹が減って働くことができず、第二に林業部門から抗木が供給されない、というものだった。
そこで、検閲グループが林業部門の幹部を追及すると、やはり第一には食料が供給されないので労働者たちが働くことができず、第二に木材資源が枯渇して交通の不便な山奥まで行かねばならず、材木を選ぶ自動車や機械設備もなければガソリンもないという。
さらに炭鉱機械工場の幹部を追及すると、食料不足で労働者たちが働けず、資材も電気も供給されないので、機械を製造できないという。発電部門を検閲しても食糧不足は同じことで、それに石炭が来ないので発電ができないというのだった。
結局、中央党の検閲グループが取った処置は、国連からの援助食糧の一部を炭鉱労働者に少しずつ与え、「ベルトを締めて自力更生の革命精神を高く発揮せよ!」という思想宣伝をしただけだった。労働者たちは分配された何キロかの食糧で家族を養ったが、その分だけ以前よりもヘトヘトになるまで働かされた。(安哲兄弟『秘密カメラが覗いた北朝鮮』)