労働動員

「われわれの時代に生きる青年たちが行くべきところは、まさに難儀でつらい炭鉱、鉱山、干潟なのだ!」(チャン・キホン『北朝鮮 普通の人々』)

北朝鮮の人々は、学校に通う子供たちも含めて強制的に労働に動員される。

秋になると、黄金色になった稲を収穫するために、学生たちがいつも動員される。子供たちの中には、収穫をするときには、自分のポケットを満たすのに一生懸命になる子がいる。
ポケットをいくつも作って盗んでいくのである。首に袋をぶら下げたり、寒くもないのに冬服を着て、ポケットに稲穂を詰め込んでいく。
トウモロコシの収穫の時期であれば、ベルトにさして隠したりする。意地悪な子たちは、それらを見つけると、先生に言いつけたりする。すると先生は、叱るふりをして、トウモロコシをすべて取り上げる。
そして最後の日にみんなで食べようと言いながら、先生は家に持ち帰ってしまう。時には、子供たちに盗みをさせることもあるのだ。(チャンキルスとその家族『涙で描いた祖国』)
私たちの学校では、ウサギの飼育場を拡張することになった。学校の裏山に飼育場を作るためには赤土が必要なので、私たちには学校の裏山の赤土を掘って運ぶ作業が割り当てられた。
赤土を採土する小山は壁状になっていたが、背の高さの範囲で掘るため、どうしてもトンネルのようになり、掘り進めば上から赤土がこぼれるという危険な状態にならざるをえなかった。
二日間も作業を続けると、自然とトンネルの長さは二、三メートルほどになった。赤土を多く掘ろうとすればするほど、天井の土もたくさん崩れ落ちた。生徒たちは怖くなって悲鳴を上げた。
十二名の土堀組は二組に分かれ、六名が一組になって両方から掘っていった。急に一方のトンネルの方から赤土がドォーと一度に崩れ落ちた。五十センチくらい掘り下げていくと三名の生徒が出てきた。さいわいにも生きていたけれど、手足の骨が折れ、お父さん、お母さんと叫んでいた。一メートルくらい深く掘った時、残りの三人も見えてきた。
顔にかぶさった土は血まみれになり、花と口からは血が流れ出ていた。(姜哲煥、安赫『北朝鮮脱出』)
高等中学校を卒業した十八歳以上の男女の学生を「党が呼ぶところであれば火の中でも飛び込んでいかねばならない」「党は少年たちを呼ぶ。厳しく辛いところへ!」と煽って、炭鉱、鉱山、山林に送っている。(チャン・キホン、前掲書)

労働現場で事故死しても補償はない。

私たちが働いた定州精錬所の建設でも同じだ。大小の事故が尾を引くように続き、人が怪我したり死んでも対策はなかった。ただ金日成の誕生日までにどんなことがあっても完工し、忠誠の報告を挙げなければならないのだった。
このような無謀な突撃のせいで、100日のあいだに大学生三名が建設現場で命を失った。しかし北朝鮮では補償というものはない。
人が死ねばその日の総括時間にこんな訓話が付け加えられるだけだ。「みなさん! 今日××同務が不意の事故で命を落としました。偉大なる首領様の教示貫徹、党の方針貫徹のために同務は命を捧げましたが、たとえ肉体的生命は死んでも党の信任と政治的生命は永遠なるものです」私たちの心は痛むが、わけもなく拍手をしてはそのことを忘れなければならない。(同書)