住居内部

北朝鮮の住居の内部はどうなっているのか。

家には風呂場がない。風呂場があるのは、党や政府機関の中級幹部以上の家だけだった。我が家では、体を洗う時は台所にタライを持って行って入浴していた。(呂錦朱『少女が見た北朝鮮』)
北朝鮮の宣伝、時折、テレビや冷蔵庫のある労働者の家庭が紹介されているが、それはごく一部の富裕層の家庭である。北朝鮮でテレビを所有している世帯は十パーセントくらい、冷蔵庫にいたっては一パーセントにも満たないだろう。
多くの地方住民の家財道具といえば、茶ダンス、布団、釜、キムチを仕込む甕くらいのものである。(尹大日『「北」の公安警察』)
第三十六人民班の班長と名乗る小太りの中年の婦人、尹オクチュン女史の部屋に入った。主婦の勧めに応じて黄色みがかった温かいリノリウムの床に胡坐をかいて座った。
あまり広くはないが快適な、十平方メートルもあるまいと思われる室内に、木棚と国産のラジオ、布巾をかぶせた小卓が数脚、窓がまちに花を活けた壺。隣室には箪笥と洋式ベッドの代用品みたいな低いカン(中国式温突[オンドル]の形を指すものか)がみえた。床に座っているとほのかに暖かい。
床下に温風のパイプを通した「温突」と呼ばれるこの国の伝統的な暖房システムが用いられているのだ。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)
金日成が現場で指導したときに足を運んだという家に招待されたが、囲いのない小さな家屋には粗末や豚小屋に豚が二匹、鶏小屋に鶏が五羽、兎小屋に数匹の兎が買われていた。
白塗りの小奇麗な小さい住宅には台所と戸で仕切った部屋が二間あるだけだった。部屋の大きさは二間で十四~五平方メートルたらず。本棚が一つ、衣装箪笥が二つ、ミシン、丈の低い丸テーブルが一つ――この卓を囲んでわれわれは床にじかに座った。家財道具はこれが全部である。四方の壁面からは金日成がわれわれを見下ろしていた。
二つの部屋に金日成の肖像画が三つ、壁の大きなカレンダーにもむろん金日成の写真が。
照明は、一つは傘もほやもない裸電球がぶらさがり、ひとつは蛍光灯だった。一室一灯――これがこの国の庶民の基準なのだ。しかも電灯は四十ワット以下。四十ワット以上の電球は手に入れたくても住民には売ってもらえないのだ。(同書)
ぼくたちの家には、ほかの家々同様、平壌放送の番組を流すスピーカーが置かれていた。そこから流れてくるのは、敬愛する指導者金正日同志のことを伝えるニュースと、彼に捧げられた、あるいは彼の父親の栄光を讃えてつくられた歌だった。家によっては、スピーカーが痛んで鳴らなくなってしまったところもあったが、僕の家では手入れが行き届いていたのでそんなことはなかった。僕の家にはラジオもあり、やはり平壌放送が聞けた。(チャン・キホン『北朝鮮の子供たち』)