平屋/長屋/農家

都市部には一部屋ばかりからなる低層アパートの「鳩小屋」があり、田舎には平屋建ての「ハモニカ長屋」がある。一部屋だけの家がいくつも小箱のように並んでいる様子が、ハーモニカの吹き穴に似ている。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』)
彼女たちの家は父親の地位相応のハモニカ長屋の一戸だった。表からはいればすぐ小さな台所で、そこは暖房室も兼ねていた。薪か石炭がかまどにくべられる。その火が料理に使われ、オンドルという床下暖房に使用されて家全体を暖める。(同書)
車窓の外には、田園風景が広がっていた。稲や麦、野菜など農産物を刈り取ったあとの、きちんと整頓された田畑の牧歌的な風景。
広々とした田畑には、日本のそれとは異なる湾曲型瓦屋根の農家が点在している。農家の近くで、手鍬やすきらしきものを使い、野良仕事をしている農夫や子供たちが目に映った。
頭の上に大きな荷物を載せ、ガニまただが、背筋を伸ばしてゆっくり歩いている農婦の姿が見えた。新しい家もあり、古い家もあった。古い家の中には、瓦屋根が崩れ落ち、土塀に塗られていた白いペンキが剥げ落ち、泥土がむき出しになっているものもあり、著しく美観を損ねていた。(金元祚『凍土の共和国』)
この藁葺きの農家は同じような藁葺きでも朝鮮族と漢族の農家はその立て方の形態が違うので、一目で判別できる。
朝鮮族の藁葺きの家はお椀を伏せたような型をしており、漢族の藁葺きの屋根の型は山東省の漢族の農家の家屋の形式だという。(金賛汀『慟哭の豆満江』)
家は同じモデルに倣い隣り合って建てられた、他の家屋とよく似ていた。扉が一つ、窓もたったひとつ、それに、オレンジ色の丸瓦をふいた屋根。
壁は白だが、下の方は、ぼくが八歳か九歳のころの背丈ほどまで青く塗られていた。家々の衛生状態を点検するため定期的にやってくる、ぼくたちが住んでいた地区の役人は、そのたびに基礎部分の塗り直しを命じた。
色合いはその都度、緑や青や薄茶色などに代わったが、同じ班の家はどれも同じ色になるようにしなければならなかった。
家は二間で、仕切りは引き戸だった。台所から入り、石炭を燃やしている煉瓦造りの炉の前で靴を脱ぐ。その炉はふたつの部屋の地下に伸びている。温められた煉瓦で床下から
暖房するこの仕組みを“オンドル”という。部屋の床には、薄茶色の油紙がはられていた。主室の壁には、金日成と金正日の肖像画がかかっている。
たった一つしかない窓が照らし出す奥の部屋は、綿布団を入れたタンスが置かれていた。食器を入れた棚は台所の隣の部屋にあった。(カン・ヒョク『北朝鮮の子供たち』)