街・景色

外国人観光客及び外国特派員から見た北朝鮮の街とその景色について。

夕空に向かってまっすぐ伸びるポプラ並木の左右には、稲刈りを追えたばかりの水田が広がり、農工具を担いで歩く人、牛と荷車を引いて歩く人、ヤギやアヒル(高騰する資料を必要とする家畜の飼育は難しいので、金正日総書記の方針で、九○年代から「草を肉に変える運動」がはじまり、草食家畜の飼育が推進されている)を従えて歩く人、おしゃべりしながら自転車に二人乗りしている人。みな、一日の労働を追えて家路を急いでいる。(柳美里『ピョンヤンの夏休み』)
八十年代末には、おそらく朝鮮戦争のあとはじめてのことと思われるが、週に一日の休みを取る権利が利用できるようになった。八十年代の味目や半ばに比べて、平壌の街頭や牡丹峰、大城山そのほかの公園や遊園地には日曜日ごとに散策を楽しむ市民の姿がぐっとめだつようになった。たとえば牡丹峰や大城山には、日曜日になると草の上や樹かげに腰を下ろして、酒や葡萄酒、多くはビールを飲む団体の姿がいたるところに見られる。
主牌(トランプ)で博打を売っている人も大勢いる。この国の人は道中では本を読んだりじっと体を休めていることが苦手らしく、いつも博打に熱中している。(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』)
大同江の近くの岩場で、紺の制服を着た中等部の男子生徒たちがスケッチをしている。ほかに人影はない。(薩摩剣八郎『ゴジラが見た北朝鮮』)
街燈のあかりの下で、黒く動くものが見える。目を凝らしてみると、人のようだ。目が慣れるにつれ、沢山いるのが分かった。笑い声が響いてきた。顔をすっぽりマフラーに包んだおかあさんたちが、ホウキを手に歩いていくのだ。
時計は、四時半を少し過ぎたところだ。
「ピッ・ピッ、ピッ・ピッ、ピッ・ピッ」目覚ましの規則正しい音に跳ね起き、カーテンを開けた。ザッザッザッと、軍靴をひびかせ、四列縦隊で行進する兵士たち。
反対側からは濃紺の人民服を着た一団が労働歌とともに近づいてきた。こちらは、多少足並みは揃わないが隊列にはなっている。市民たちの出勤なのだ。(同書)

次は脱北者から見た北朝鮮の街とその景色。

隠城の町には一本、幅の広い道路が通っていて、その道だけはアスファルト舗装されていた。両脇には五、六階建ての住居と公的機関の事務所が並んでいた。正面に金日成・金正日の肖像を掲げた駅も近くにあった。この通りには名前がなかったが、それは他の通りも同様で、地図上の地点に名前を付けるのはアメリカ帝国主義者や南傀儡政権などの敵侵略者を利することになりかねないと考えられていた。アスファルト舗装の幹線道路をたどっていくと、とある山の麓に辿り着く。
そこには通信塔が立っていて、先端に赤いライトがが灯されていた。
けれども一九九五~九六年頃の電力不足で、標識灯は少しずつ色褪せ、オレンジになり、やがて濃い褐色になって、ついには完全に消えてしまった。
町の中心の金日成公園には、偉大な指導者を描いた巨大な絵が掲げられていた。絵はガラスに覆われ、大理石の台座に嵌め込まれていた。台座の高さは五メートル以上あった。
絵の中の金日成は、花束を振り上げる群衆の歓呼に応えている。ほかの街と同じように隠城でも、炭鉱の坑道に至るまであちこちに金日成の肖像があったが、金日成公園の肖像画が一番大きかった。
だが何より印象的なのは、兵士たちに囲まれた軍服姿の金日成の巨大な銅像だった。そこへ行くには、大通りと同じくらい広い幅の大理石の階段を登っていかなければならない。
登りきるのにニ十分はかかった。銅像はとても大きく、いくら運動神経が良い小学生でも、偉大な指導者の巨大な靴によじ登ることさえ難しいだろう。
台座だけでも大人の身長より高かったので、銅像と目を見交わすにはぐっと頭を上げなければならなかった。多分、わざわざそんな風につくってあったのだ。四階建ての建物にも匹敵するような、この堅固な金日成は、大きなコートをまとっていた。
帽子は被らず、片手を振り、もう片方の手では子供を隅のところに抱き上げていた。その後ろでは、赤い星のついた
帽子をかぶった兵士たちが機関銃や小銃を振り上げている。
彫像を照らし出すライトも巨大で、直径一メートルはあった。電力不足が深刻化し、町を照らす電球がひとつもなくなったときでさえ、ここのライトは輝き続けていた。彫像の台座の前に並べられた鉢植えの花は、いつも念入りに水やりがされ、しおれはじめた途端に取り換えられていた。
広場の後方には二枚の大きなレリーフが取り付けられていて、日本の侵略軍に立ち向かう兵士たちの姿が刻まれれていた。旺載山(ワンジェンサン)の戦いを祈念するレリーフだ。
大きなレリーフのまわりには、戦いに際して彼がいかに勇敢であったかを物語る、金日成直筆の長い詩が記されていた。(カン・ヒョク『北朝鮮の子供たち』)
恵山で夜に明かりがついているのは金日成像だけ(パク・ヨンミ『生きるための選択』)