キムジャン

北朝鮮の人々は、晩秋になるとキムチ作りに勤しむ。

晩秋のキムジャン(越冬用キムチ。またはそれを漬けること)の季節になると、二十二世帯が入っている一つの階に水道が二か所だけなので、共同水道は大騒ぎになった。
北朝鮮では一世帯五人家族の基準で、白菜四百~五百キログラム、大根二百~三百キログラムのキムチの材料が配給され、キムジャンの時期になると全家族が動員された。
白菜と大根をアパートの前庭に積み下ろすと、家族全員でそれをそろえて廊下に並べた。そうでなくても家庭ごとに高く積み上げられた練炭のために狭い廊下が、キムジャンの材料まで加わるのだからなおさら狭くなった。それだけではない。大きな甕まで廊下を占めているありさまだった。
人々は通る時には、あちこち身をかわして歩かなければならず、ときには甕を飛び越える離れ業をやった。キムジャンの材料を洗うのはもっと大問題だった。
朝四時から七時までと正午から午後二時まで、そして午後五時から八時までというふうに、三交代で順番を決めてキムジャンの材料を洗った。
決められた時間に、そのたくさんの白菜を全部洗うのは、せわしいことこの上なかった。
時には明け方の四時に起き、母と二人で白菜を洗うと、手がかじかんで指を動かすのも困難になった。
女性たちは、キムジャンを混ぜ終えると手がひりひりと痛み、一晩中泣くはめになった。キムジャンが終わると、アパートの前庭に大甕二、三個を埋められる穴を掘り、木の板をあてて箱のようなものを作ってから甕を入れ、その上に錠をかけなければならない。
このキムチの甕は金日成の誕生日を目前にし、「衛生文化事業」が活発になり、取り締まりが厳しくなると掘りだした。(金賢姫『いま、女として』)