騙し討ち

北朝鮮の治安当局は、ありとあらゆる手を使って反体制分子を炙り出そうと躍起になっている。
時には親友が密告屋になることもある。

ジュンサンが高校時代に一番仲の良かった親友は、政府への密告者ではなかったかと疑っている。ジュンサンが平壌から帰省すると彼は大声で政府の悪口を言い始め、ジュンサンにも同調させようとする気配があった。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』)

北朝鮮の秘密警察国家安全保衛部がいろいろな手を使って反体制分子を炙り出そうとする。

引っ越し直後の朝、うちのドアをノックする人がいた。出てみると愛想がよく、とても優しそうな男性で、母に意外なことを言い始めた。朝鮮戦争で戦死した兵士の遺骨を返すと大金を払うアメリカ人がいる。国境を越えて運びたいのでそれを手伝ってもらえないだろうか、というのである。
保衛部は他にもいろいろな手を使う。突然、幼稚園に現れて、そこにいる子供たちに明るく「最近見た映画で一番面白かったのは?」と尋ねる。一人の園児が違法なビデオテープで見た韓国の大ヒット映画を挙げ、その内容を嬉しそうに話したために、
社会的地位の高かったその子の家族が窮地に陥った。(『七つの名前を持つ少女』)

以下は大学の学者たちに向けた、大変手の込んだ当局による“騙し討ち”である。

八○年代にこんなことがあった。農業不振に手を焼いた北朝鮮政府が、人民経済大学などの三大学に、統一の研究課題を与えた。テーマは、農業の経営方式だった。各大学に割り当てられた、以下の三つのケースを研究せよと命じられた。1.現行の集団農場を維持した場合、2.個人所有を導入し、その比率を集団農場と半々にした場合、3.集団農場を廃止して個人所有だけにした場合。それぞれのケースに応じた収穫量の増減と、各経営方式が政治に及ぼす影響を「自由に研究せよ」とのことだった。ことは国の根幹にかかわる農業政策である。
しかも研究者たちは、既に農業不振の最大の原因が農業経営にあることに気付いていた。各大学の研究者は、“新しい風”を受けて研究テーマに没頭した。やがて研究成果が発表された。
2と3のケースでは少なくとも二十~三十パーセントの増産が見込まれる。しかも、肥料や農業、農業機械の国家統制を継続すれば、社会主義体制に混乱を及ぼさない。自由な研究から導き出された結論はこうだった。ところが、2と3のケースを担当した大学の研究者グループは“一網打尽”にされた。「反革命的な研究をした」というのが理由だった。その後の消息
は知れない。一種のおびき出しだった。(李英和『北朝鮮 秘密集会の夜』)

以下も同様に、手の込んだ仕方で大学の学者を“騙し討ち”している。

七○年代初頭に、金正日書記が台頭してきた。金日成主席の肖像画と並んで、息子の金正日書記の肖像画が各家庭に飾られるようになった。もちろん、庶民の自発的行為であるはずがない。当局の指揮によるものだ。
そんなあるとき、こんな通達が当局から各職場単位に出された。「金日成元帥様の肖像画だけにすべきで、自分の肖像画は下すように」と金正日書記がおっしゃっている。これについて、人民はどう考えるか、率直に意見を作文せよ、というのである。ある大学教師は「これは金正日書記の意見でもあり、そうするのが当然だ」と、率直に書いた。
これが災いを招いた。「反逆思想の持主だ」として糾弾され、大学を去る羽目になった。平壌から“所払い”である。(同書)

検閲団なる団体が住民を騙し討ちすることもある。

検閲団は華々しい成果を上げるため、いろんな手段を使った。とくに、その宣伝チラシはひっかけ以外の何物でもない。「十年前にさかのぼって国家に対して犯した罪状を告白しろ。正直に白状した者は許す」検閲団はこんな自己批判書を全家庭に配った。ちょっとした犯罪行為を何でもいいから自白しろ、というものだった。これを真に受けて正直に告白した者は全員しょっぴかれる。
もう一つの手口は密告の勧め。「他人のことに関しても、見たり聞いたりした内容を正直に告発しろ、そうすれば自分の罪が軽くなる」こうなると、人々は日頃から気に入らない人間のことをある事ないこと書きまくる。この無責任なチクリを材料に検閲団は一般の人々を手当たり次第に連行した。検閲団はそれでも不十分だといっては、各家庭の収入と支出まで調べた。たとえば月々の収入を計算して、家財道具と照らし合わせる。テレビがいくら、ラジオがいくら、とやる。それで収支が合わないと不正だと言って没収する。
(白栄吉『北朝鮮不良日記』)