党幹部の女性関係

元「喜び組」の申英姫は、最高幹部の妻は、万寿台芸術団(北朝鮮最高の舞踏集団)の舞踏家が多いと証言している。

万寿台出身者はほとんどが朝鮮労働党のトップクラスの家系に嫁いだが、とくに最高幹部の妻には万寿台の舞踏組の出身者が多かった。(申英姫『私は金正日の「踊り子」だった』金燦訳)

労働党宣伝部には「機動芸術宣伝隊」なる接待員がおり、この女性たちも党幹部のお手付きであるという。

党幹部から野遊会(ヤユフェ)というピクニックのような行事に招待されることもあった。このときは「機動芸術宣伝隊」という女性の接待員が付き添う。気が合えば夜のおもてなしも。
機動芸術宣伝隊の役割は音楽を通じて党の政策を啓蒙すること。年齢は十九歳から三十歳まで。身長は百六十センチ以上で歌、踊り、楽器は必須。党宣伝部の所属なのでほとんどが党秘書たちのお手付きとも言われている。彼女たちは生活レベルは低くないが、男性がらみの噂になりやすいせいか結婚相手としては敬遠されがち。(金起成『ボクの捨てた「北朝鮮」生活入門』鄭銀淑訳)

女性が幹部に体を差し出せば、入党し、幹部にもなれるという。

女が幹部に下半身を上手に売れば、入党し、幹部にもなれることは誰でも知っている。だから、いきなり幹部になったり、突然出世する女性は、みんなから変な目で見られる。地位の低い男は、出世のために自分の妻まで差し出す。私は、労働課長に身体を許し、都会の男との結婚より、いい働き口を紹介してほしいと頼んだ。男は、さっそく私のために軍人と結婚したという偽造の証明書を作り、里労働部の承認を受けてきてくれた。そうして私は、キム・ヨンホという偽名でスレート鉱山の飯炊きとして配属された。身体を売って初めて、農場員から一段高い労働者階級に移ることができた。(月刊朝鮮編『祖国を棄てた女』夫址栄訳)

党幹部の息子たちが女性と遊ぶときは、父親の権力を使ってピバダ歌劇団の女優を紹介してもらう。

桂応泰の息子は自分の家にしょっちゅう出入りしている党の配車係の指導員にねだって、党の高級乗用車を何日間も駆り出す。その代りに配車係は北ではめったに手に入らない録音機やカメラ、ビール、煙草など、さまざまな舶来品をどっさりといただけるのだから、彼らにしたって悪いはずがない。
女を調達するのは李乙雪の息子である。李乙雪は護衛総局の総局長だから、護衛総局合奏団の女子団員の何人かを誘い出すのは朝飯前である。韓成龍の息子は合奏団の女優をメンバーに主にハントする。「ピバダ(血の海)」歌劇団の党の指導員と昵懇の間柄だという。歌劇団に所属している党の指導員は、俳優たちには絶対的な権力を持っているので、女優は党指導員の命令に従うことはできない。女優を一人紹介してやると、普通三十ドルから五十ドルの謝礼をもらうのだそうである。ひと月の給料が十ドルにも満たない彼にとってはこたえられない収入だった。金を工面するのは金容淳の息子である。父親が国際及び対南担当秘書だから、家にはドルがいくらでもある。また、海外出張から帰って来る外交官や部下の職員、党幹部らはさまざまな賄賂も入る。(康明道『北朝鮮の最高機密』尹学準訳)


金正日はキスル書記と呼ばれる若い女性に、幹部の世話をさせていた。

キスル書記は十九歳から二十三歳までの可愛い娘で、金正日が北の高級幹部たちに支給する「公務用の愛妾」である。もともと八十年代半ばまでは担当看護員という制度があった。
高級幹部たちの中には高齢者が多く、看護員を一人ずつ付けた。彼女たちは幹部たちの健康管理は言うまでもなく、身の回りのことは何でもしなければならない。ところが八十六年、金正日はこの制度を廃止してキスル書記制度に替えた。金正日は七十年代の後半から招待所で「喜び組」のアガシたちと夜な夜な乱痴気騒ぎを繰り広げていたが、すべての幹部が加わっていたわけではない。姜成山(カンソンサン)や桂応泰(ケウンテ)、金煥(キムホァン)、金国泰(キムグッテ)らはたまに呼ばれることはあっても部屋の隅で黙って座っているだけなので場も白けてしまう。金正日としてはこれが気に入らず、キスル書記が編み出された。金正日は労働党第五課に指示して、全国から二十歳前後の美女を選抜し、所定の教育を施して幹部たちに配属させたのである。全国からかき集めた美女のうち最上級の美女は金正日の招待所に配属され、次のランクは護衛司令部、三番目のランクが政務院の高級幹部にあてがわれたが、これがすなわちキスル書記である。あとの残りは高麗ホテルや外貨商店、それに外貨食堂などに配属される。すべての幹部に配属されるわけでなく、党中央委員会の部長や秘書、副主席、副総理と、各種委員会の委員長クラスにだけ配属される。だが副部長(局長クラス)でも、党中央委員会の組織指導部と宣伝部、三号庁舎、統一戦線部などの第一副部長らにはキスル書記があてがわれる。この部署の権力がそれほど強いということだが、党中央委でもあまり力のない科学教育部などには配属されない。
キスル書記の基本任務は、幹部たちの執務室の隣の部屋に陣取って、さまざまな雑用をしたり、茶を運んだり、幹部たちの身の回りの世話をしたり、ときには肩を揉んだりする。
幹部が地方へ出張するときは、必ず同行し、同じ部屋で寝なければならない。これは業務規程にも明記されている。幹部とキスル書記が同じ部屋で寝なければならないと党が義務付けるのには、それなりの名分がある。老幹部たちの心臓麻痺を防ぐため、というのだ。
対南担当秘書の金容淳(キムヨンスン)にあてがわれたキスル書記は美女でなかったため、彼は百キロの巨体を揺らしながら即刻金正日の執務室に駆けつけた。金正日に向かって、なぜよりによって自分にはあんなブスをあてがったのか、くそ面白くない、これじゃ仕事する気にもならん、と不満をぶつけた。
キスル書記の勤務年限は二十三歳までだ。二十四歳になると退かなければならないが、彼女らは誰にでも嫁ぐことができない。すでに三、四年ものあいだ最高位級幹部たちと密着した生活を送ってきたからだ。そうした彼女らが一般の人と結婚した場合、北の機密が世間に漏れる恐れがある。だから党は、それぞれの部署内で未婚の男性を選び出し、むりやり結婚させることで、彼女らの口封じをしている。高級官僚の手でさんざん弄ばれた傷物の払い下げに、おいそれと応ずる若者はそうざらにいるものではない。だが、唯一思想体制と党の指示には絶対に服従しなければならないという思想教育の成果が、ここでも見事に発揮される。(同書)