祝日の過ごし方

脱北者の朴東明[パクドンミョン]によれば、金日成、金正日、金正淑(金日成の妻)の誕生日には住民を行事に専念させるため、全国の生産労働が中止されるのだという。

毎年、金日成の誕生日の四月十五日、金正日の誕生日の二月十六日、金正淑の誕生日の十二月二十四日には、彼らのような偉大な人物がいたからこそ朝鮮人は世界に誇れる人民となったという内容の祝典が開催される。「記念講演会」や「録音聴取会」、指導者の万年長寿を祝う「祝典採択集会」、彼らの偉大さを歌いあげる合従や、独唱、対話詩を演ずる「忠誠の歌集会」……。これらを、生活単位組織ごとに開催するよう、党が要綱を作って指令する。そのため、誕生日の十日前ほどから、午後に一回、全国的に生産労働を中止して各種行事を行った。(安哲兄弟『秘密カメラが覗いた北朝鮮』李英和・RENK訳)

同じく脱北者のチャン・ソンヒ(仮名)は、祝日の楽しみがテレビを見ることであったと回想している。

祝日の一番の楽しみはテレビを見に行くことだった。村内に白黒テレビを持っていた家が二件あったが、私たちは朝早く食事を済ませテレビのある家に行って、見やすい席の争奪戦を繰り広げました。席が取れなければドアの外に立って見るのですが、それでもワクワクして楽しかったものです。しかし、見ている途中で予告もなく停電になることがしょっちゅうで、そんなときはみんな、心から落胆して家に帰るのです。たまに近隣で中央党が映画を上映する日もありました。そんな日は祝日並みの楽しさで、それこそ村中お祭り騒ぎ。トウモロコシやジャガイモを蒸して、宣伝室に集まり、映画に没頭したものです。それが無上の楽しみだったのです。(月刊朝鮮編『祖国を棄てた女』夫址榮訳)