指導者から住民への贈物

金日成と金正日の誕生日には、普段であれば手に入れることのできない品物が売りに出される。
それは指導者から住民たちへの「贈物」なのである。

地方はいうにおよばず、平壌で食肉が売りに出されるのはふつう年に二度、最大の国の祝日である金日成と金正日の誕生日である。豚肉一キロが七ウォン、鶏肉三ウォン八十チョン。
牛肉は祝日でも売り出されることはまずない。
このありがたい「贈物」を入手するには煩雑な手続きが必要になる。まず商店に出かけ、分厚い台帳を持って隅に控えている女性のところへ行き、身分証明書を提示しなければならない。
検査係はこれを台帳と照合し、たとえば食肉を売った旨を買物手帳に印を付け、そこに買い手の判を押して返す。このあとはじめて買い手は切符をもらって金を払い、商品を入手できる。
(アレクサンドル・ジェービン『私が見た金王朝』川合渙一訳)

金日成から権力を継承した金正日は、この「贈物」によって、住民たちの忠誠心を金日成時代と変わらず維持しようとする。

一九九〇年の二月十五日から十六日にかけて、平壌の商店の多くは徹夜で営業していた。売り子の前に延々長蛇の列が並び、店内に貼り出されたこの祝日を機に、普段の配給よりもいくらか多めに買える「贈り物」が、無論金を払えば買える。すでに数十年来維持されている厳重な切符制の下では、両指導者の誕生日だけは肉や砂糖、マカロニ、肉の缶詰などが、他の食糧よりも若干多めに買うことができる。酒ひと瓶、煙草二箱、菓子一キロ、調味料二パック、みんなで十五ウォン六十チョン――これが一九九○年二月十六日午前一時三十分ごろ、著者が訪ねた商店で、ほとんどの買い物客が手に入れることのできた商品だった。このような特売は金日成誕生日の前日にも行われるが、九〇年の金正日の誕生日の前日の特配は、金日成の特配よりもはるかに品数も量も多かった。これは金正日の時代になっても父親の時代よりも生活は決して悪くはならないことを、国民に知らしめるのが狙いだったようだ。(同書)

「贈物」の対象は大人だけではない。

北朝鮮の子供たちは誕生日を祝ってもらったりしない。だが金日成の四月十五日と金正日の二月十六日という二つの誕生日は別だ。国民の祝日でもあり、配給される食糧に肉が入って来るのはこの日ぐらいしかない。その後、エネルギー危機が深刻になって来ると、この両日だけが電気の通じる日になった。それぞれの誕生日数日前になると、労働党がすべての子供たちに一人当たり一キロ近いお菓子を配給する。ありとあらゆる種類のお菓子――ビスケット、ゼリー、チョコレート、チューインガムが入っている。
誕生日当日までは手を付けてはいけないことになっているが、禁を破る母親もいた。(バーバラ・デミック『密閉国家に生きる』園部哲訳)
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